〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/08/18 (木)

藤 裏 葉 (十)

姫君を申し分のないように明石の君が大切にお世話申し上げる上、何もかも行き届いた聡明な明石の君の人柄なので、周囲の人々の評判や信望は厚いのです。それに何より並外れてお美しい姫君のお姿や御器量のため、東宮もなだお若いにもかかわらず、たいそう姫君に惹かれ、どの方よりも大切に思っていらっしゃいます。競争相手のお妃の女房などは、この生母の明石の君が、こうして姫君に付き添っていらっしゃることを、それがきず ででもあるかのようにわざと難癖をつけたりしますけれど、そんなことで姫君の御威勢が消されるはず もありません。姫君はおごそかな威厳がおありで、誰も対抗出来ないのは言うまでもなく、奥ゆかしく優雅な雰囲気もそな えていらっしゃいます。その上、どんな些細ささ なことでも、明石の君が申し分なく上手に取り廻しておあげになりますので、殿上人なども、恋の張り合い所として、何よりの新しい場所が出来たと思っています。それぞれお仕えする女房たちに恋をしかけますと、そんな時の女房の対応の仕方までも、明石の君は実にたしなみよくしつ けてあるのでした。
紫の上も、これという折節には参内なさいます。こうして明石の君とのおついあいも、申し分なく打ち解けてゆかれます。そうかといって、明石の君は、出過ぎた馴れ馴れしいところは見せず、軽く見られるような態度もまた露ほどもなく、不思議なほど申し分のない性質のお方なのでした。
源氏の君も、もう余生も長くはないと思われる自分の存命中にと、望んでいられた姫君の御入内も、望みどおりおすませになられました。また自分から求めたこととはいえ、結婚もせず世間体の悪かった夕霧の宰相も、今は何の心配もなく世間並みに身を固められましたので、すっかり御安堵なさって、今こそ、念願の出家も遂げたいとお思いになります。ただ、紫に上のことが気がかりですけれど、こちらには秋好む中宮がいらっしゃいますので、並々でなく心強いお味方というものです。
明石の姫君も、表向きの母君としては、まず第一に思って下さるでしょうし、もう自分が出家しても心配はないと頼りになさっていらっしゃいます。
そうなれば、夏の御方花散る里の君が、何かにつけてお淋しいことでしょうが、それも夕霧の宰相がついていらっしゃるこよですから、皆、それぞれに心配はないとお考えになってゆかれます。

源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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