藤
裏 葉 (四) | 七日の夕月の光りもほのかに、池の面
は鏡のようにのどかに澄みわたっています。いかにもいまはまだ木々の梢もようやく芽ぶいたばかりのものさびしい頃なのに、いかめしく枝を横に張り出した松の木の、あまり高くない枝にかかった藤の花の姿は、並々でない美しい風情です。 例によって弁の少将が、うっとりとするほどやさしい美声で催馬楽さいばら
の 「葦垣あしがき 」 を謡います。内大臣は、 「ずいぶん変な歌を謡うものだね」 とおからかいになって、御自分は、 「年経にけるこの家の」 と、
「葦垣」 の一節の替え歌をお謡いになり、弁の少将にお合せになります。そのお声が、たいそう結構です。 興を損じない程度に、はめを外した御宴会で、夕霧の宰相の心の憂さもすっかり消えてしまったようです。次第に夜も更けるにつれて、夕霧の宰相はひどく酔ったふりをして、 「気分が悪くなってとても我慢ができません。お暇いとま
するにも道中が危なっかしくなってしまいました。あなたの御寝所を貸していただけませんか」 と、柏木の中将にお願いします。内大臣は、 「朝臣あそん
よ、御寝所の用意をしなさい。この年寄はひどく酔っ払って、失礼ですから、引っ込みます」 と言い捨てて、内へお入りになりました。 柏木の中将は、 「花の蔭の一夜の旅寝ですね。どうしたものでしょう。わたしは苦しい案内役ですね」 と言いますと、夕霧の宰相は、 「常盤ときわ
の松に契りを結ぶのが浮気な花なものですか。縁起でもないことをおっしゃる」 とお咎とが
めになります。柏木の中将は心中では、してやられたとお思いになりますけれど、宰相のお人柄が、非の打ちどころもなくご立派なので、どうせこういう結果になればよいと、かねがね心の中で二人に味方していたものですから、今は安心して女君の御寝所へ御案内しました。 |
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