主人側の御子息たちは、柏木の頭の中将をはじめ七、八人が連れ立ってお出迎えし、御案内します。その方々はどなたもいい御器量揃いですが、夕霧の宰相は、yはりどの方々よりもとりわけ秀れて水際立ってお美しく魅力的であるばかりでなく、やさしく優雅で、犯し難い気品がおありです。 内大臣は、夕霧の宰相の座席を整えさせるなど、お気遣いなさること一通りではありません。 改めて冠をおつけになって、用意されたお席にお出ましになろうとして、北の方や若い女房たちに、 「覗
いてごらん。まったくあの方は年を取るにつれてますます立派になってゆかれる。態度などもいかにも落ち着いて堂々としている。目ざましく群を抜いて大人びてゆく点では、父大臣よりも優まさ
っているくらいだろう。源氏の君はただもうひたすら優雅で愛嬌にあふれていて、お顔を見ただけで、ついほほえましくなるように魅力的で、この世の憂さも忘れるような気持にさせられてしあむ。政治家としては、少し厳格さに欠け、洒脱しゃだつ
でくだけすぎたきらいがおありだが、それもあの人のお人柄からすれば、当然だ。それに比べるとこの宰相の方は、学才も秀れていて、性格も男らしく、しっかりしていて、申し分がないと世間でも評判のようだ」 などとおっしゃってから、お逢いになります。儀式ばったしかつめらしい御挨拶は少しだけになさり、花見の宴にお移りになりました。内大臣は、 「春の花は、どれも皆、咲き匂う頃の色は美しくて、おどろかされるものばかりですが、気短にわれわれを見捨ててさっさと散ってしまうのが恨めしいものです。しかし藤の花だけは、その頃に、ひとり遅れて、初夏まで咲きつづけるのが、妙に奥ゆかしくて、いとしく思われます。色もまた紫なので深い縁のしるしと考えられます」 と、おっしゃって、含みのある笑みを浮かべていらっしゃる御様子は、風格があって、お顔も艶つや
やかにお綺麗です。 月は昇りましたけれど、花の色がまだはっきりと見えないくらいのほの暗さです。それでももう花見にことよせて酒宴が始まり、合奏などもなさいます。 内大臣jは、間もなく酔ったふりをなさり、むやみに夕霧の宰相にお盃さかずき
をすすめて酔わせようとなさいます。宰相は用心して、それを辞退するのに困り果てています。 「あなたは、この末世にはもったいないくらいの、天下に識者でいらっしゃるのに、わたしのような年寄をお見捨てになるのは薄情すぎますよ。昔の書物にも、
『家礼けらい 』 といって、他人でも親子のように礼をなすと書かれているではありませんか。そうした聖賢の教えもよく御存じの筈はず
なのに、ずいぶんわたしをお苦しめなさるいものだと、お恨みしたいのです」 などとおっしゃって、酔い泣きというのか、いかにもお上手に意中をほのめかされるのでした。夕霧の宰相は、 「どうしてそんなことがございましょう。亡き方々を思い出すそのお身代わりのお方と存じまして、身を捨ててでもお仕えしたいと、心から思っておりますのに、何とお考えになって、そんなふうにおっしゃるのでしょうか。これもひとえに、わたしの心の怠慢のせいなのでしょう」 と、お詫びを申し上げます。潮時を見計らって賑やかにはやしたてて、内大臣は、 <春日はるび
さす藤の裏葉のうらとけて> と古歌をお口ずさみになります。あなたが心を開いて下さるなら、娘をあなたにお任せするのにという、内大臣の意中を察して、柏木の中将が、藤の花の色濃く、特に房の長いのを折とって、お客の夕霧の宰相のお盃に添えます。夕霧の宰相がそれを受け取って¥、どうしたらいいか困っていますと、内大臣が、 |
紫に
かごとはかけむ 藤の花 まつより過ぎて うれたけれども (恨み言はわが家の紫の藤の花に いうといたしましょう いつまで待っても
申し込んでくださらないあなたは 心外で憎らしいけれど) |
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とお詠みになります。夕霧の宰相が盃を持ったまま、ほんの形ばかりの拝舞はいぶ
をなさるお姿はたいそう風情があります。 |
いくかへり
露けき春を 過ぐし来て 花のひもとく をりにあふらむ (幾度か、涙にむせた しめっぽい春を過ごして 今日この喜びに 花もひらくような
嬉しい春に逢うことか) |
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と、お詠みになりながら、柏木の中将にお盃を廻されますと、頭の中将は |
たをやめの
袖にまがへる 藤の花 見る人からや 色もまさらむ (若いたおやかな美女の 袖にも似た美しい この藤の花房は 観賞する人により
ひときわ色香もましましょう) |
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とお返しになります。次々に盃が廻るにつれて、歌が詠まれたようでしたが、酔ったまぎれの歌で大したものはなく、これよりすぐれたものもありませんでした。 |