兵部卿の宮は、ほんとうに明け方までいらっしゃって、お帰りになりました。宮への贈り物に、源氏の君は御自分用の御直衣
一揃いに、まだお開けになっていない薫物二壺を添えて、御車までお届けになりました。 宮は、 |
花の香か
を えならぬ袖に うつしても ことあやまりと 妹いも
やとがめむ (この二壺の花の香りを いただいた御直衣の袖に たきしめて帰りましたら 女と過ちをしてきたかと 妻にとがめられることでしょう) |
|
とおっしゃいますので、源氏の君は、 「それはまた、ひどく弱気ですね」 とお笑いになります。お車に牛をつける間に、また重ねて、 |
めづらしと
故里人ふるさとびと も 待ちぞ見む 花の錦を
着てかへる君 (夜の錦ではなく花の錦を お召しになって帰られたなら ふるさとでお待ちかねの北の方も さぞ珍しくお見事だと
ご覧になることでしょう) |
|
「めったいないことだと北の方もお思いになりましょう」 とおっしゃいますので、兵部卿の宮は、負けたというお顔で苦笑いしていらっしゃいます。ほんとうは宮は独身なのですから、宮に次ぐその他の君達にも、あまり大仰にならないようになさって、細長ほそなが
や小袿こうちき など被かず
け物としてお与えになります。 こうして、翌日、源氏の君は、西の御殿に午後八時頃にお越しになりました。秋好む中宮の御殿の寝殿の西の対の放出はなちいで
に飾り付けをして、御裳着の場所になさいます。御髪上みぐしあ
げ役の内侍ないし なども、直接、式場に参上しています。 紫の上も、この機会に中宮にはじめてお逢いになりました。女君たちの女房が数知らず詰めかけているようです。夜中の十二時頃に、姫君は御裳をお着けになります。大殿油おとなぶら
の火はほのかですけれど、明石の姫君の御様子はたいそう美しいと中宮はご覧になります。源氏の君は、 「まさかこの娘をお見捨てなさることはあるまい頼りにして、娘の失礼な童女姿を進んでお目にかけたのです。これが後世の例になるのではないかと、親心の狭い量見から心のうちに有り難く考えております」 などと申し上げます。中宮は、 「どういうことになるのかとも存じませず、お引き受けしたことですのに、そう仰山にお考えいただきますと、かえって恐縮されまして」 と控え目に仰せになる御様子が、この上もなく若々しく愛嬌がこぼれ落ちんばかりです。源氏の君も理想的な美しい方々が、御自分の御一門にお集まりになっていらっしゃることをすばらしいとお思いになります。明石の君が、母としてこうした娘の晴の儀式の折にさえお目にかかれないのを、ほどく辛がっていられたのも可哀そうなので、出来ることならこの儀式に参上させようかと、お考えになりましたが、人々の取り沙汰をお気になさって、そのままになさいました。こういう立派なお邸の儀式は、普通にとり行っても何かと繁雑で面倒なものですが、ほんの片端だけを、例のようにとりとめもなく書き記すのも、かえってどうかと思われますので、くわしくは書きません。 |