二月の十日、雨が少し降り、寝殿のお前に近い紅梅が花盛りで、色も香りも比べようもなく咲き匂っています。そこへ螢
兵部卿ひょうぶきょう の宮みや
がおいでになりました。裳着のお支度が今日明日に迫りましたので、お忙しさのお見舞いにお越しになられたのです。昔からお二人はとりわけ仲のいい御兄弟でしたから、何の遠慮もなく、あれやこれやと御相談なさって、紅梅を眺めていらっしゃるところへ、
「朝顔の前斎院から」 といって、花が散ってまばらになった梅の枝につけたお手紙が届きました。 兵部卿の宮はかねがね、源氏の君がこの方に御執心とのことをお聞きになっていらっしゃったので、 「わざわざあちらからよこされたのは、どんなお手紙でしょうね」 と、興味をお示しになりますと、源氏の君はにっこりなさり、 「実はたいそう無遠慮なことをお願いしたいのですが、几帳面きちょうめん
に早速さっそく 薫物を調合してくださったのでしょう」 とおっしゃって、お手紙は隠しておしまいになります。 沈じん
の箱に、瑠璃るり の香壺を二つ据えて、大きく丸めた香が入れてあります。飾りの心葉こころば
は、紺瑠璃には五葉ごよう の松の枝、白瑠璃には梅を選び、同じように引き結んである飾り糸も、やさしく優美に見えます。 兵部卿の宮も、 「なかなかしゃれたことをなさいますね」 と、感心してじっと御覧にないます。 |
花の香か
は 散りにし枝に とまらねど うつらむ袖に 浅くしまめや (花の散った枝のように 時過ぎたわたしには 役にも立たぬ薫物でも
姫君のお袖に移れば さぞ深く匂うでしょう) |
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と、淡墨でほのぼのと書いてあるのをお目になさって、兵部卿の宮は、そのお歌を大仰に吟詠なさいます。 夕霧の中将は、朝顔の前斎院のお使いを探し出して引き留め、たっぷりとお酔わせになります。その上、紅梅襲こうばいがさね
の唐織からおり の細長ほそなが
を添えた、女の装束を被かず け物としてお与えになりました。 こちらからのお返事も同じ紅梅色の紙で、お庭先の紅梅を一枝折らせて、おつけになります。兵部卿の宮は、 「内容なかみ
が思いやられるお返事ですね。どんな秘密があって、そんなにお隠しなさるのですか」 と恨み言をおっしゃって、お筆のついでに |
花の枝え
に いとど心を しむるかな 人のとがめむ 香か
をばつつめど (花の散った後の枝と おっしゃるあなたに わたしはますます心惹かれる 人に気づかれまいと 秘し隠しているけれど) |
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とでも、お書きになったのでしょうか。 「実は、薫物でこんな大騒ぎをするのは、いかにも物好きのようですが、一人しかいない娘のことですから、こうしてやるのが親として当然のつとめだろうと考えまして。まったく不器量な娘なので、あまり親しくない人には腰結こしゆ
いもお頼みしにくくて、秋好む中宮にお里へお退さが
りいただいて、お願いしようと思っております。中宮とはお親しくして遠路のないお付き合いをいただいておりますが、こちらが気恥ずかしくなるくらいお嗜たしな
みの深いお方なので、万事、世間並みの支度ばかりをお目にかけますのも、畏おそ
れ多いと存じまして」 など、申し上げます。 「それは中宮の御幸運におあやかりになるためにも、ぜひともそうされるのが当然でしょう」 と、御賛成なさいます。 |