〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/07/31 (日)

真 木 柱 (十三)

こうした様々の事件でごたごたして、玉鬘の君の御気分がますます晴れる間もなくふさいでいらっしゃるのを、髭黒の大将はお可哀そうに思われ、いろいろお気遣いなさって、
「あの尚侍として参内なさる筈だった件も、このわたしが邪魔をして中止させているのを、帝もけしからぬ二心でもあるようにおとりになり、大臣たちも不愉快にお思いになるだろう。公職についた人を妻にしている人もいないわけではないし」
と、思い直して、年が明けてから玉鬘の君の参内をおさせになりました。
その年は男踏歌おとこどうか がありましたので、ちょうどその折に、儀式もこの上なく立派にして、宮中に参られました。お二方の大臣たちの御後見の上に、この髭黒の大将の御威勢も加わって、夕霧の宰相の中将が、こまごまと心くばりなさいます。内大臣家の御兄弟たちも、こうした機会にと集まって来て、御機嫌を伺いながら奉仕なさる様子は、まことにおめでたいことでした。
宮中では承香殿しょうきょうでん の東側にお部屋をいただきました。西側に式部卿の宮の姫君の女御がお住まいです。二つのお部屋の間に廊下があって、それだけが隔ての隣どうしなのですが、お互いの心の内はずいぶん遠く隔たっていられたことでしょう。
冷泉帝れいぜいてい の女御の方々は、どなたも帝寵をわれこそはと競い合っておいでになり、後宮は、興味深く味わいのある御時世でした。
格別の身分でもない更衣たちは、さほどたくさんはおられません。秋好あきこの中宮ちゅうぐう弘徽殿こきでん女御にょうご 、この式部卿の宮の女御、左大臣の女御などが並び立っていらっしゃいます。その他は、中納言と宰相の姫君のお二人だけがお仕えしていらっしゃるのでした。
男踏歌は、これらの方々の所へお里の人も参上して見物します。常と変わった趣向のある賑やかな見物みもの なので、誰も彼も精一杯のおしゃれをして、袖口なども何枚となくはなやかに重ね、仰々しく目立つようにお支度していらっしゃいます。
髭黒の大将の御妹であられる東宮の御母女御も、いかにもきらびやかな装いを凝らされて、東宮はまだ十二歳の御幼年でいらっしゃいますけれど、そのあたりはすべてが当世風に華美に拝見されます。
男踏歌の一行は、帝のおん 前から秋好む中宮のおん 方へ、そこから朱雀院すざくいん へと廻っているうちに、夜も大そう けましたので、六条の院では、今年は仰々しいからと御辞退ばさいました。
踏歌の一行は朱雀院から宮中に帰って来て、東宮御所などを廻っているうちに、夜が明けました。
ほのぼのとしら んだ美しい朝ぼらけに、ひどく乱酔したさまで、みんなで催馬楽さいばら の 「竹河」 をうた っています。見ると、内大臣の若君たちが四、五人ほどいらっしゃって、殿上人でんじょうびと の中でも、とりわけ声がよ、容貌もすっきりして、人々の中にうち続いていらっしゃるのが、ほんとうにすばらしくお見事です。
とりわけ殿上童でんじょうわらわ の八朗君は御本妻腹で、内大臣がたいそう大切にしれいらっしゃいます。実に何とも言えず可愛らしくて、髭黒の大将の太郎君と並んでおいでになるのを、玉鬘の君も、今では実の弟君と御承知なので、ついお目がとまるのでした。
宮仕えにも馴れていらっしゃる貴い御身分のほかの方々よりも、この玉鬘の君のお局の女房たちの袖口や、あたりの雰囲気は現代風にしゃれていて、同じような色合いやその重ねぐあいでも、ほかより一段とはなやいだ感じがします。玉鬘の君御自身も、女房たちも、こんなふうに晴れやかな御気分で、しばらくは出仕したまま、宮中でお過ごしになりたいと、思い合うのでした。
どちらでも同じように皆、踏歌の人々に禄として綿わた をお出しになりますが、その綿もこちらでは色艶や香りに特別の趣向が凝らされています。こちらは踏歌の人々に、お酒や湯漬ゆづ けなどをもてなす水駅みずうまや の役なのですが、いかにも賑やかな雰囲気で、女房たちもとりわけ気を配って、お決まりのさまざまな接待のお支度にも、また一段と行き届いた御用意をなさっています。それらの準備は髭黒の大将がすべておさせになられたのでした
髭黒の大将は宮中の宿直所とのいどころ に一日中お詰めになっていられて、玉鬘の君にお便り申し上げることといえば、
「夜になったらお暇をいただいて帰りましょう。こうした機会にこのまま宮中に住みつこうなどと、お心が変わるかもしれない宮仕えは、心配でならないから」
とばかり、同じことを御催促なさいますけれど、女君はお返事もなさいません。おお付の女房たちが、
「源氏の大臣が、そう気忙きぜわ しくすぐ退出なさらないで、たまさかの出仕なのだから、帝が御満足遊ばすまでお留まりになって、お許しがあったから退出なさるようにと、おっしゃいましたから、今夜退出とは、あまりにあっさりしすぎるようですが」
と申し上げますのを、髭黒の大将は、たまらなく苦しい思いで聞かれ、
「あれほど申し上げておいたのに、何と思うようにならぬ夫婦の仲か」
とがっかりして、嘆いていらっしゃいます。

源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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