〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/07/31 (日)

真 木 柱 (十一)
式部卿のお邸では北の方を待ち迎えられて、たいそう悲しいことになったとお思いです。母君の北の方は、声をあげてはげしく泣かれ、宮に向かって、
「源氏の太政大臣を、あなたは結構な御姻戚とお思いのようですが、わたしは、どんな前世からの仇敵でいらっしゃったのかと思わずにはいられません。わが家から入内じゅだい された女御にも、何かにつけて、引っ込みのつかないようなひどいお仕打ちをなさいましたが、それはあなたに対する須磨での恨みが解けないから、思い知れという報復のおつもりなのだろうと、あなたもそうお思いになっておっしゃるし、世間でもそんなふうに取り沙汰していました。それでもまさか、そんなことがあってよいものでしょうか。紫の上一人を大切に愛されるために、その縁故の者たちにまで、お蔭で運が向いてくる例が、世間には多いのに。わたしはどうしても源氏の大臣の御態度に納得がいかなかったのです。それどころか、今頃になって、素性もはっきりしない継娘をちやほやお世話され、御自分がさんざん慰み者にされたあげく、可哀そうに思って、堅物で浮気などしそうもない人物と見込んで、髭黒の大将を婿にして取り込み、下にも置かないように御機嫌をお取りになるのは、あんまりななさり方です」
と、言いつづけ罵られます。宮は、
「ああ、聞き苦しい、世間でとやかく非難されたこともない源氏の君のkとを、言いたい放題に悪口雑言なさるものではない。ああいう賢いお方は、前々からこういう復讐ふくしゅう をしてやろうと、胸の中に企んでいらっしゃったのだろう。そうにら まれたのがわたしに不運というものだ。うわべはさりげなくなさり、その実、あの須磨の失意時代の恩や怨みに、ある者は引き立て、ある者は追い落とし、実に巧妙に、万遍なく報恩や復讐をとげていらっしゃるようだ。しかしわたしだけは、紫の上の父と思えばこそ、いつか、あんな評判になるほど、盛大で過分な五十の賀のお祝いもして下さったのだ。あれを一生の面目と思って満足していればいいのだろう」
とおっしゃいます。北の方はそれを聞くとますますたけり立って、さまざまな呪いの言葉を吐き散らします。この宮の北の方こそ、手に負えない性悪なお方なのでした。
源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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