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木 柱 (九) | 北の方のところでは、毎日加持祈祷などして大騒ぎをしていらっしゃいますが、物の怪がうるさく現れて、罵
りわめいているとお聞きになりますので、そのうちあられもない不面目なことでもおこり、恥をかかされるようなことも必ずありそうだと、大将は恐ろしくて寄りつかれません。 お邸にお帰りになる時も、北の方とは離れた別の部屋にいらっしゃって、お子たちだけを、お部屋に呼び入れてお会いになります。姫君がお一人あり、十二、三歳ほどになっていらっしゃるほかに、つづいて男君がお二人いらっしゃいます。 ここ数年ほどは、御夫婦仲もしっくりしない時が多いようでしたけれど、何といっても北の方は、れきっとした御本妻で、ほかに肩を並べる人もなく、これまで過ごして来られました。その北の方がこうなっては、もうお終いだとお考えになりますので、お仕えする女房たちも、たいそう悲しくてなりません。 父君の式部卿の宮は、そういう事情をお聞きになられて、 「もう、そんなふうに、大将がよそよそしく別居する態度を見せておいでなのに、まだこうまでして強情にそこに留まっていられるのは、世間の手前もまったくみっともなくて、物笑いの種です。わたしが生きている限りは、そう一途になって、そこまで辛抱して従っていることもないだろう」 と、おっしゃって、急にお迎えを差し向けられました。 北の方は御気分がいくらか普段のように治られて、大将との仲を、情けなく悲しんでいられるところへ、こうして父宮からお迎えが来たとお聞きになりましたので、 「この際、無理にこの邸に踏み止まって、夫にすっかり捨て去られるのを見届けてから、あきらめをつけるというのも、なおさら物笑いになることだろう」 などと考えて、出ていく決心をなさいました。 ご兄弟の中でも、兵衛ひょうえ
の督かみ は上達部かんだちめ
なので、大仰だということで遠慮なさり、中将、侍従、民部みんぶ
の大輔たいふ などが、お車を三兩ばかり連ねて北の方をお迎えにいらっしゃいました。 いつかこうなるだろうとは、前から思ってはいたことですが、今、とうとうその場に臨んで、このお邸での生活も今日限りだと思うと、お仕えしている女房たちも、皆ほろほろと泣きあっています。女房たちは、 「これからの手狭で不慣れな仮住まいでは、とても大勢はお供出来ないでしょう。半分ほどの女房は、それぞれ実家に帰って、北の方がお里で落ち着かれてから、また参ることにしましょう」 など取り決めます。女房たちはめいめい、身の回りの物などを里に運び出したりして、散り散りに去って行くようです。 北の方のお道具類も必要なものは皆荷造りして取りまとめたりしながら、女房たちが身分の上下にかかわらず泣き騒いでいるのは、いかにも不吉に見えます。お子たちは無邪気に遊びまわっていられるのを、母君が呼び寄せて坐らせ、 「わたしは、こうした不幸な運命と、今ではすっかりあきらめてしまったので。子の世に何の未練もありません。これから先はどうなろうと成行きに任せてさすらっていきましょう。ただ、あなたたちは、まだ生お
い先も長いのに、散り散りに別れてしまうのが、悲しくてなりません。姫君は、たとえどうなってもわたしについていらっしゃい。男君たちは、どうしても父君の所に出入りしてお目にかかることになるでしょうが、父君はあなたたたちのことなど気にかけて下さりそうもありませんから、かえって、中途半端で不安の状態になり、寄る辺なくさ迷うことでしょう。祖父宮が恩在世の間は、一通りの宮仕えが出来るとしても、今はあの源氏の大臣や内大臣のお心ままの御時世ですから、なおような気の許せない宮家の一族の者だからと、あなたたちはやはり警戒されて、人並みの立身出世も出来ないでしょう。だからといって、あなたたちが、出家遁世してわたしのあとを追ったりしては、このわたしは死んでも死にきれない辛いことです」 とお泣きになります。お子たちは皆、母上の深い悲しみは分からないままに、しくしくべそをかいていらっしゃいます。 「昔の物語などを見ても、世間普通の愛情深い親でさえ、時勢に流され、人の顔色に従っては、自分の子供にすっかり薄情になってしまうものです。まして形だけの親子とは名ばかりで、今からもう、すっかり子供に対して愛情を失った父君のお心では、先々も力になって下さる筈もないでしょう」 と、北の方は話されながら、乳母めのと
たちも一緒になってお嘆きになりま。 |
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