〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/07/27 (水)

真 木 柱 (三)

十一月になりました。この月は神事が次々つづいて、内侍所ないしどころ も行事の忙しい時期なので、女官たちや内侍司ないしのつかさ の者たちが、こちらの玉鬘の君の所に幾度も参上します。自然、賑やかに人の出入りも多くなります。それなのに髭黒の大将が昼間でも人目につかないようにこっそり身を忍ばせて、女君のお部屋にひそんでいらっしゃるのを、玉鬘の君は、なんていや な人だろうと思っていらっしゃいます。
ほたる 兵部卿ひょうぶきょうみや などは、ましてたいそう残念がっていらっしゃいます。また兵衛ひょうえかみ は、妹に当たる髭黒の大将の北の方までが、人の物笑いにされるのを苦にして悲しみ、重ね重ね悩みを深めて、今更愚かしく、玉鬘の君に恨み言を言ったところで、もう何にもならないと思い直されました。
髭黒の大将は、世間に評判の堅物で通っていて、これまでの長い年月、情事でのふしだらな所行などまったく無縁で来られましたのに、今では打って変わって有頂天になり、律義者の名残もなく、まるで別人のように色男ぶっています。宵や暁に六条の院へ忍んでお通いになるのにも、いかにも派手にして人目に立つように振舞われるので、女房たちはおかしがって眺めています。
玉鬘の君は、快活で明るく、いつも陽気にしていらっしゃる御性分なのですが、今ではそれをおさえて、すっかり思いつめてふさ ぎ込んでいらっしゃいます。髭黒の大将とこんなことになったのは、自分から進んでのことでないとは、誰の目にもはっきりしていることなのですが、源氏の君がどうお思いだろうかとか、螢兵部卿の宮のお気持が思いやり深く、情愛がこまやかでお優しかったことなどを思い出されますにつけて、ただもう恥ずかしく、情けなくお感じになって、何ともおもしろくないお顔付きをしていらっしゃいます。
人々が玉鬘の君に同情していた、あの御自身に疑いをかけられて困った件では、源氏の君も潔白であったことを明らかになさいましたので、気まぐれな出来心の曲がった恋などは御自分でも好まなかったのだと昔からのことも思い出されます。紫の上にも、
「あなたも疑っておいででしたね」
などとおっしゃいます。
今更、障害のある面倒な恋に惹かれがちな自分の性癖がでてもと、お思いになりなふぁらも、一時は恋心を抑えかねて苦しかった時、思い切ってわがものにしようかというお気持になられたくらいせすから、やはり今でもお心の底ではきっぱりと断念なさってはいらっしゃいません。
髭黒の大将のおいでにならない昼頃、源氏の君は、玉鬘の君のお部屋をお訪ねになりました。女君はこの日頃、ずっとどうしたおkとか、お加減がお悪そうにばかりしていられて、御気分のさわ やかな時もほとんどなく、しおれていらっしゃいました。
そこへ源氏の君がお見えになりましたので、少し起き上がられて、それでも御几帳みきちょう の陰に隠れるようにしていらっしゃいます。
源氏の君も、改まったお顔付きで、やや他人行儀な態度をお取りになって、さり気ない世間話などをなさいます。
玉鬘の君は、この頃、生真面目きまじめ なばかりでおもしろみのない、平凡な夫の様子を見馴れているものですから、なおさら、今では、言いようもなく魅力のある源氏の君の御様子やお姿が、改めてよくお分かりになるのでした。それにつけても、思いもかけず、髭黒の大将のような夫を持った自分が、身の置き所もないほど恥ずかしいのにも、涙がこぼれます。

源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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