〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/07/24 (日)

藤 袴 (五)
参内さんだい なさいます折の御都合のくわ しいことなども、まだ何もお伺い出来ずにおりますが、内々ないない で御相談下さればいいと思います。何事も人目を遠慮して、こちらへも参上出来ず、お話しも出来ないのを、父君は今となってはかえって気がかりに思っていらっしゃいます」
など、お話しになるついでに、
「いやもう、わたしも馬鹿げたお手紙は、さしあげられなくなりました。しかしどちらにしても、わたしの深い真情をあくまで知らないふりをなさる法はなかったのにと、ますます恨めしさがつのってまいります。何よりもまず、今夜のこんなお扱いは、何ということでしょう。北面きたおもて のもっと内々のお部屋にでもお通しいただいて、あなた方の女房たちはお嫌いになるでしょうが、せめて下仕したづか えといった人々でも、親しくお話しがしたいものです。こんな冷たいお扱いはまたとないでしょう。それにしてもわたしたちはいろいろと何かにつけ珍しい間柄dすね」
と、首をかしげながら恨み言を言いつづけます。その態度が宰相の君には感じよく好意が持てましたので、そのまま姫君へお取次ぎします。玉鬘の姫君は、
「ほんとうに、おっしゃる通り、急に真実の姉弟らしく態度を変えるのもどうかと、世間の目ばかり気にしておりますので、これまで長い年月、胸の内に納めてきた様々なことも聞いていただけませんのが、今となっては以前にも増してかえって辛いことが多くなりまして」
と、取り付くしまがないほど生真面目にお答えになるので、柏木の中将はきまりが悪くて、何も言えなくなってしまいました。
妹背山いもせやま ふかき道をば 尋ねずて 緒絶おだえ の橋に ふみまどひける
(ほんとうに姉弟だという 深い事情も知らないで 実り筈もない恋の道に 思い悩み恋文など 送ってふみ迷ったことよ)
「まったく」
と、恨んでみたところで、自業自得なのでした。
まどひける 道をば知らで 妹背山 たどたどしくぞ 誰もふみ見し
(まったく姉弟とも気づかず 恋の道にふみ迷われて いるともつゆ知らず わけのわからないまま お文を拝見していました)
「今までは、御手紙がどういう意味のものであるとも姫君にはおわかりにならなかったようでございます。何事につけても、ひどく世間へ気がねをなさりすぎるようなので、親しくお話しもお出来にならなかったのでございます。これからは、自然こんなふうばかりではすまされなくなりましょう」
と、とりなして申し上げます。たしかにもっともなことなので、
「わかりました。あまり長居をしますのもよくないようです。そのうちだんだんと御奉仕してから、親しく精勤させていただきましょう」
と言ってお立ちになりました。
月が澄み渡りながら高く上り、月光に照らされた空の景色も、はなやかで情趣深く見えます。その中に立った柏木の中将は、たいそう上品で美しいお顔だちをして、御直衣のうし 姿もはなやかで魅力があり、なかなか風情をたたえています。夕霧の中将の御風采や雰囲気には、とても及ばないけれど、このお方もすばらしく魅力的です。どうしてこのお方たちは揃って御立派なのだろうと、若い女房たちはいつもながら、それほどでもないことまで、大げさに め合っているのでした。
源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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