夕霧の中将は、 「人に知られないように包み隠そうとなさるのを、わたしは辛
く思います。懐かしさにとても耐えられないほどの、祖母の形見の喪服なので、それを脱ぎ捨てるのも、わたしにはほんとうに辛いのに、なぜ隠そうとなさるのでしょう。それにしても、どうして、あなたと、こうした不思議な御縁につながっているのか、それがまた納得のいかないことなのです。この大宮のための喪服を着ていらっしゃらなかったら、とてもあなたとこうした肉親のつながりがあることも信じられなかったでしょう」 とおっしゃいますと、 「何も分からないわたしには、なおさらのこと、どんな事情でこうなったのか、さっぱり理解出来ません。でもこういう喪服の色は、不思議に悲しくしみじみといたします」 と、いつもよりは沈み込んだ表情が、たいそう可愛らしく美しく感じられます。 こんな折にと、かねてから用意されていたのか、夕霧の中将は、思わず心が惹かれるような美しい藤袴を手にしていらっしゃいましたが、それを御簾の端から差し入れて、 「これも御覧になる因縁ゆかり
のある花なのです」 と、手に持ったまま、すぐには花を放そうとはなさいません。姫君はそれと気づかないで、何気なく花を取ろうとなさいます。夕霧の中将は、そのお袖をとらえて引き動かしました。 |
同じ野の
露にやつるる 藤袴ふじばかま
あはれはかけよ かごとばかりも (同じ祖母の死を悲しみ 共に藤色の喪服に身をやつす あなたとわたし 同じ野に咲く藤袴の縁で
ほんの少しでも愛してほしい) |
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「まあ、それでは <道の果てなる>
の古歌のように、ほんの少しでも愛してくれというつもりだったのか」 と、実に不愉快で情けなくなりましたけれど、何も気づかないふりをして、そっと奥へ逃げこみながら、 |
尋たづ
ぬるに はるけき野辺の 露ならば 薄紫や かごとならまし (素性をお尋ねになってみて 遠い野辺の露のように あなたと縁ゆかり
が薄いなら 藤袴の薄紫の色は ほんの口実でしょう) |
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「こうして親しくお話ししているのですもの、それより深い因縁などあるものでしょうか」 とおっしゃいます。夕霧の中将は少し笑って、 「浅いか深いか、あなたはお分かりの筈だと思います。ほんとうは、畏おそ
れ多い宮仕えのお話しを伺っていながらも、抑え切れないわたしの恋の思いを、どうしてあなたに分かっていただけるのでしょう。口に出せばかえって嫌われるだろうと、それが辛くて、懸命に心の中に封じ込めておいた切ない思いですが、
<今はた同じ> の歌のように <身をつくしても逢はむとぞ思ふ> の心境で、悩み苦しんでいるのです。柏木かしわぎ
の頭の中将の様子にお気づきでしたか。あの頃、どうしてわたしはあの恋心を他人事ひとごと
などと思っていたのでしょう。自分の恋に気づいた今では、まったく自分の身の愚かさもわかり、また頭の中将の心情もつくづく思い知られるのでした。あちらは実の姉弟だと分かってからは、かえって熱がさめて、結局、姉弟の縁は生涯切れないことを頼みにして、気持を慰めているらしいのも羨ましく、嫉ねた
ましいのです。こんなわたしをせめて可哀そうにとでもお心にかけて下さい」 など、綿々と訴えられましたけれど、そんなことをくだくだ書くのもどうかと思われるので書きません。 |