藤 袴
(二) | 玉鬘の姫君は、亡き大宮の裳のため薄い鈍色
の喪服をやさしい感じにしっとりとお召しになっていらっしゃいます。いつもとは変わったお召物の地味な色合いのため、かえって御器量がいっそうはなやかに引き立てられていらっしゃるのを、お前にひかえた女房たちは、ほほ笑みながらうっとりと見惚れていました。 そこへ夕霧の宰相の中将が、同じ大宮の喪中に、もう少し濃い鈍色の直衣のうし
を召して、冠の纓えい を喪服のしるしに巻き上げてお越しになりました。そのお姿もまた、たいそう優雅でお美しい御様子です。 夕霧の中将は、はじめから、玉鬘の姫君に対しては実の姉と思い、実直な好意を寄せていらっしゃったので、姫君の方も、他人行儀によそよそしい態度をおとりになれなかった習慣から、今更、実の姉弟でなかったからといって、すっかり態度を変えるのもおかしいと思い、前と同じように、内側に几帳きちょう
を添えて御簾みす 越しにお逢いになり、取り次ぎなしtでじきじきのお話しをなさいます。 今日の夕霧の中将は、源氏の君のお使いとして、帝からの仰せ言をお伝えにいらっしゃったのでした。 玉鬘の姫君は、そのお返事を鷹揚おうよう
な中にも実にお上手に申し上げます。その御様子が、そつがなく、こまやかな女らしい情味もおありなのを見るにつけても、夕霧の中将は、あの野分のわき
の翌朝に、垣間かいま 見み
た寝起きの姫君のお顔が忘れられず、あの時は、恋しかったのを、道ならぬ恋と思ってこらえてきたけれど、この姫君は実の姉でないと事情がわかってから後は、平静ではいられない気持がつのってくるのでした。 「父大臣は、この姫君をとてもあっさりとは宮仕えにはお出しにならないだろう。あれほどすばらしい六条の院の女君たちとの深い間柄がおありなのだから、この姫君のために、必ず、何か色めいたことでいざきざが起こってくるに違いない」 と、思うと平静ではいられなく、胸のふさがるような気持になるのでした。それでもさり気なく生真面目きまじめ
な顔付きをして、 「他の誰にも聞かせてはいけないとおわれております。そのお言葉を申し上げたいのですが、どういたしましょう」 と意味ありげに言われますので、お側の女房たちも少し退しりぞ
いて、几帳の後ろなどで視線を外しています。 夕霧の中将は、とっさの作りごとを源氏の君の伝言として、もっともらしく次から次へと、情を込めて申し上げます。帝の御執心が並々でないので御用心なさい、などという話です。 玉鬘の姫君はお返事のしようもなく、ただそっとため息を気配がひっそりとして、可愛らしく、たいそう心惹かれる感じなので、夕霧の中将は、やはりこらえかねて、 「御喪服も、この月にはお脱ぎになる筈はず
ですが、これまで吉日がありませんでした。十三日には、賀茂かも
の河原へ除服じょぶく にお出ましになるようにとの、父大臣からの御伝言です。わたしも、お供しようと思っています」 と、申し上げますと、玉鬘の姫君は、 「御一緒においでくださるというのも、大袈裟にはなりませんかしら、なるべく目立たないようにしたほうがよろしいでしょう」 と、おっしゃいます。姫君の服喪ふくも
のくわしい事情を、世間には広く知られたくないと、お心遣いをなさるところは、なかなか思慮深く行き届いていらっしゃいます。 |
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