〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/07/18 (月) 

行 幸 (十三)
親王たちをはじめ、次々に、残らず人々がお集まりになりました。その中には、姫君に想意を寄せている人々もたくさんいらっしゃるので、内大臣が御簾の中へお入りになったまま、いつまでも出ていらっしゃらないのを、いったいどうなさったのかと怪しまれます。内大臣家の御子息たちの中で、御長男の柏木の中将や、次男の弁の君だけは、うすうす事情を御存知なのでした。ひそかに姫君をお慕いしていたのに、実の姉とわかって、恋の対象にならないのが辛いとも、美しい姉が出来て嬉しいとも思われます。弁の君は、
「よくまあ、思いを打ち明けなかったものだ」
と、小声でつぶやいています。
「これも、変わったご趣味の源氏の君のお好みのよyだ」
「秋好む中宮のように、入内じゅだい させるおつもりなのだろうか」
などと、それぞれが言っています。それを源氏の大臣がお耳にされましたが、
「やはり、まだしばらくは用心して世間から悪口を言われないように姫君をお扱い下さい。気楽な身分の者なら、だらしのない不謹慎なことがあっても何とか世間から許されるでしょうが、わたしもあなたも、何かと世間にうるさく取り沙汰されて悩まされ、普通の身分の者より、不都合なことが起こりやすいでしょうから、万事目立たないように、だんだんと世間の耳目を馴らし、おだやかに事を運ぶのが何よりでしょう」
と、おっしゃいます。内大臣は、
「すべて、仰せの通りにいたしましょう。こんなにまでお世話いただき、めったにない御教育に守られてまいりましたのも、並々でない前世からの因縁でございましょう」
おt、申し上げます。
内大臣への御贈物などはいうまでもなく、引き出物や御祝儀など、すべて身分に応じて決まりのあるものですが、またその上に加えて、例にないほど充分になさいました。
前に、大宮の御病気を理由に、一度はお断りになったいきさつもありますので、大袈裟な管絃のお遊びなどはなさいませんでした。
螢兵部卿の宮は、
「裳着もおすみになった今は、もうお断りの口実になる何の支障もないでしょうから」
と、熱心に求婚なさるのでしたが、源氏の君は、
「帝から尚侍ないしのかみ にと御内意がありましたので、一応遠慮して御辞退申し上げ、なおその上で、重ねての御内意がございましたら、その時次第ということにして、ほかの話はその後で、どちらとも考えましょう」
と、お答えになりました。
父君の内大臣は、
「裳着の時、ほの かな灯影ほかげ に見た姫の面影を、どうかしてもう一度はっきり見たいものだ。少しでも器量に不足な点がおありなら、源氏の大将がよもやこうまで御大層にお世話なさる筈はあるまい」
など、かえって気になって、もどかしく恋しく思われます。今になって、いつかのあの夢も、正夢まさゆめ だったのだと、納得されるのでした。
弘徽殿の女御だけは、明らかになった一部始終をお話し申し上げました。
源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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