〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/07/18 (月) 

行 幸 (十一)
秋好あきこの中宮ちゅうぐう から、白の御裳おんも唐衣からぎぬ 、ほかの御衣裳はじめ、御髪上みぐしあ げのお道具など、二つとないすばらしさで、例によって、数々の香壺こうご に、唐渡りの薫物たきもの の、特別に香りのよいのを入れてさし上げました。六条の院の女君の方々は、皆それぞれのお考えで、姫君にはお召物を、女房たちのものとしては櫛、扇にいたるまで、いろいろと御用意なさった有り様は、優劣ありません。贈り物それぞれについて御趣味の深いこれほどの方々が趣向を凝らして競争でなさったのですから、どれもすばらしく思われます。
二条の東の院の方々も、こういうお支度のことはお聞きになってはいましたが、お祝い申し上げるような身分でもないからとただ聞き過ごしていたところ、常陸ひたちみや末摘花すえつむはな の姫君だけは、妙にきちんと折り目正しくて、そういう御挨拶は欠かす事の出来ない昔気質でいらっしゃって、
「どうしてこのお支度を他人事として知らぬ顔をしていられよう」
と、お思いになり、形式通りにお祝いの品の御用意をしてさしあげるのでした。何と殊勝なお心がけでいらっしゃいましょう。よりによって、青鈍あおにび 色の細長ほそなが 一襲ひとかさね と、落栗おちぐり 色とか、何とか言って、昔の人が好んで使ったあわせはかま 一揃え、紫色が白っぽくなっている霰地あられじ小袿こうちき とを、立派な衣裳箱に入れて、上包うわづつ みもたいそう形式ばって端正にしてさしあげられました。お手紙には、
「お見知りいただけるような者でもございませんので、気が引けますけれど、こんなおめでたい折は、遠慮してばかりもいられませんので、これはまことに変なものですが、どなたにでもお下げ渡しください」
と、おだやかに書いてあります。源氏の君がこれをお見つけになって呆れかえり、またいつもの通りだとお思いになって、赤面なさいます。
「何とも困った昔気質の人なのです。あんなふうな内気な人は、おとなしく引っ込んで出しゃばらないのがいいのに、まったくこのわたしまで恥さらしなことだ」
と、おっしゃって、
「しかし返事はおやりなさいよ。返事がもらえないときまり悪く思うでしょうから。お亡くなりになった父君がたいそう可愛がっていらっしゃったのを思い出すと、ほかの人より辱めては、ほんとうに気の毒な人なのです」
と、お話しなさいます。贈物の小袿こうちきたもと には、例のお決まりの独特の歌が入っていました。
わが身こそ うらみられけれ 唐衣からころも  君が袂に 馴れずと思へば
(このわが身こそ真実 うらめしくてならぬ いつもあなたのおそばに おいていただけないと 思うにつけて)
御筆跡は、昔でさえそうでしたが、今ではひどくちぢかみ、ぐっと彫り込んだように強く、堅く書いてあります。源氏の君は憎らしく思うものの、おかしさをこら えることが出来ず、
「この歌を詠んだ時は、さぞかし苦心なさったことだろう。まして今は昔より、役に立つ女房もさらにいなくなり、さぞ詠むのに骨の折れたことだろう」
と、お気の毒にお思いになります。
「どれ、この返事は、忙しいけれどわたしがしよう」
と、おっしゃって、
「奇妙な、誰も考えつかないようなお心づかいなどは、なさらないほうがよいのです」
と腹立たしさのあまり、
唐衣からころも また唐衣 唐衣 かへすがへすも唐衣なる
(唐衣また唐衣 唐衣 あなたはいつまでも 繰り返し繰り返し 唐衣ばかり)
と、書かれて、
「あの人が、いつでも大好きで、 『唐衣』 を使われるので、こちらもその真似をして大変真面目に詠んだのですよ」
と、お見せになりますと、玉鬘の姫君は、たいそう美しく匂うようにお笑いになって、
「まあお気の毒な、これではからかっていらっしゃるようですわ」
と、当惑していらっしゃいます。
これはどうも、つまらぬ話をついたくさん書いてしまいました。
源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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