〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/07/10 (日) 

行 幸 (四)
その年が明けて、新春の二月に、裳着の式をあげたいと源氏の君はお考えになっていらっしゃいます。
「女というものは、世間に評判が高くなり、その名を隠しておけないような年頃のなっても、まだ誰かの娘として深窓に守られているうちは、必ずしも氏神への参詣など、表立ってしなくてもいいので、これまでは、この姫君もわたしの娘分として、何となく素性も曖昧なまま月日を過ごして来られたけれど、もしこの宮仕えのことをお考えになるとしたら、源氏の娘と偽っていることが、藤原氏の氏神の春日明神かすがみょうじん の御神慮にそむくことになるだろうし、結局は本当のことを隠しきれるものではないだろう。それをこのままにしておいては、後々、故意に何かたくらみをしたように、つまらぬ噂を立てられるのも、不愉快だろう。これが並々の身分の者であったら、養子になったりして氏を変えることは、現在ではあたり前でなんでもないことなのだが」
などいろいろ御思案なさるにつけても、やはり親子の縁というものは切っても切れぬものだし、同じことなら、自分から進んで内大臣に打ち明けようと、御決心になりました。そこで、姫君の裳着の式の御腰紐こしひも を結ぶお役目を、内大臣にお引き受けいただきたいと、改めて御依頼状をさしあげました。
内大臣からは、去年の冬頃から大宮が御病気になられ、まだ一向によくおなりにならないのでと、それを理由にお引き受け出来ないと、断っていらっしゃいました。
夕霧の中将も、夜昼、三条のお邸にお詰めになっていて御看病に余念もない、ほんとうに生憎あいにく な時なので、源氏の君はどうしたものかと思案に暮れていらっしゃいます。
「世の中は実に無常なので、大宮がもしお亡くなりにでもなれば、当然、姫君は実の祖母の喪に服さなければならない。それを知らぬ顔で過ごされるというのも罪が深いことになるだろう。やはり大宮の御存命中に、真実のことを打ち明けてしまおう」
と、御決心なさいまして、三条の宮に、お見舞いかたがたお訪ねになりました。
源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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