〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/07/09 (土) 

行 幸 (三)
その翌日、源氏の君は、玉鬘の姫君に、
「昨日は帝を拝されましたか。あの宮仕えの件については、お気持が惹かれましたか」
と、お便りをさしあげました。白い色紙しきし に、たいそう打ち解けたお手紙ですけれど、いつものように恋心をこまごま訴えていらっしゃらないのを、姫君はかえって興深いのを御覧になって、
「まあなんて変なことをおっしゃるのかしら、わたしには関係もないことを」
と、お笑いになりますものの、よくまあ、こちらの心の中をそこまでお見通しになられるものと、お思いになります。お返事には、
うちきらし 朝ぐもりせし みゆきには さやかに空の 光やは見し
(霧が深く立ち込めて 朝曇りに雪さえちらつき 昨日の行幸には 空の光りも帝のお顔も はっきり仰ぐこともなく)
「昨日は何もかもすべてぼんやりしておりまして」
と、書かれたのを、紫の上も御覧になります。源氏の君は、
「例の宮仕えのことをすすめてみたのだけれど、中宮もああいていらっしゃることだし、このままわたしの娘分としての扱いでは都合が悪い。かといって、内大臣に真相を知ってもらったとしても、あちらにはまた、弘徽殿こきでん女御にょうご が控えていらっしゃることだしなどと、本人としてはいろいろ悩んでおいでのようです、若い女で、帝のお側に親しくお仕えしても、誰にも気がねしなくてよい立場だったら、帝をちらとでも拝したなら、宮仕えしたくならない者はないでしょう」
と、おっしゃいます。紫の上は、
「まあ、いやなこと、いくら帝をすばらしいお方と存じ上げても、自分の方から宮仕えしたいなどと、進んで思うのは、あまり出過ぎたことでしょうに」
と、お笑いになります。
「いやいや、そういうあなたこそ、まず夢中になってお慕いすることになるだろうね」
などとおからかいになって、また改めて玉鬘の姫君にお返事をお書きになり、
あかねさす 光りは空に くもらぬを などみてみゆきに 目をきらしけむ
(美しい日の光は 空に曇りなくさしていたのに どうして雪に目を曇らせ 美しい帝のお顔を 御覧にならなかったのか)
「やはり、宮仕えのことを御決心なさい」
など、しきりにおすすめになるのでした。
何はともあれ、まず玉鬘の姫君の御裳着もぎ の儀式をすまさなければと、お考えになって、源氏の君はその儀式に必要な御調度類として、入念な細工の立派な品々を、新しくお造らせになりました。いったいどんな儀式でも、御自分ではそう大げさにお考えにならなくても、六条の院では自然とまわりで何かと仰々ぎょうぎょう しく、盛大にしてしまいがちなのです。まして今度は、内大臣にもこの機会に、そのまま事実をお打ち明けしようかと、お考えになっていらっしゃいましたので、御準備の品々がたいそう御立派で、置き場所もないまでにたくさん揃えられているのでした。
源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
Next