〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/07/08 (金) 

行 幸 (二)

西のたい の玉鬘の姫君も、見物にお出かけになりました。大勢の方々が、我こそはときそ って綺羅きら を尽していらっしゃるお顔だちやお姿を御覧になるにつけても、帝が、赤色の袍をお召しになられて、端然と正面を向かれたまま身じろぎもしない御容姿に、お比べ申し上げられるような人もありません。
玉鬘の姫君は、父君の内大臣のお姿に人知れずお目をつけていらっしゃいます。
内大臣は何とはなしにきらびやかでいかにも美しく、男盛りではいらっしゃるけれど、やはり親王方とは格が違います。人臣としては最高に抜きん出た方と感ずるだけで、姫君には御輿みこし の中の帝よりほか目移りしそうもありません。まして、美男だとか、すてきだなどといって、若い女房たちが死ぬほど恋いこがれている中将や少将、誰彼の殿上人たちなどはこのの数ではなく、見わたしても帝以外誰一人目にも入らないのは、帝がまったく比類なくていらっしゃるからなのでした。
源氏の君のお顔は、別人とも思えないほど帝とそっくりでいらっしゃいます。気のせいか、帝の方が一段と威厳がおありで、おそ れ多くも御立派でいらっしゃいます。こうしてみると、帝のように優れたお方は、またとはいらっしゃらなかったのでした。
姫君は、身分の貴いお方は、みんなどことなくおきれいで、態度も格別御立派だとばかり思い込み、源氏の君や夕霧ゆうぎり の中将の美しさばかりを見馴れていらっしゃいましたので、他の人々を見ても、見劣りするばかりで、せっかく飾り立てた人々も恰好がつかず、同じ目鼻を持った人とも思えないまで情けなく見え、帝や源氏の君の御一門に圧倒されています。
螢兵部卿ほたるひょうぶきょうみや もいらっしゃいます。髭黒ひげくろ の右大将は、日頃、あれほど重々しく容体ようたい ぶっていらっしゃるのに、「今日の御装束は大そう華やかで、胡?やなぐい など背負って、お供していらっしゃいます。色が黒く髭が濃く多すぎて、姫君はとても好きになれません。
いったいどうして男の顔が、化粧をこら らした女の色艶いろつや に似るわけがありましょう。とてもそんなことは無理な注文なのに、まだお若い姫君のお心では、髭黒の右大将をすかkりお見下しになるのでした。
源氏の君が御思案の末、おすすめになる宮仕えの一件を、
「どうしたものかしら、宮仕えはどうもきが進まないし、見苦しい結果になるのではないかしら」
と、気おくれしていらっしゃいましたが、帝の御寵愛を受けるなどということとは関係なく、ただ普通の御奉公として帝にお目通り願うのだったら、それも楽しいことだろうと、お気持が傾かれるのでした。
こうして帝の行列は大原野に御到着なさいました。御輿みこし をおとどめになり、上達部は幔幕まんまく で囲った仮屋の休息所で食事をなさり、御装束を直衣のうし狩衣かりぎぬ に着かえられたところに、六条の院から、お御酒みき や果物などが献上されました。源氏の大臣も今日のお供をなさるようにと、前々から帝のお沙汰があったのですが、御物忌ものい みのため御奉仕出来ないことを奏上なさってあったのです。蔵人くろうど左衛門さえもんじょう を勅使として、きじ を柴の枝につけて、源氏の大臣に賜ります。その折の帝のお手紙には何とございましたか、そのような折のkとを、つぶさに書きしるしますのもわずらわしいことでして。

雪深き 小塩をしほ の山に たつ雉の ふるき跡をも 今日はたづねよ
(雪深い小塩山に 雉が飛び立っているが 昔大臣が来た例にならい 今日はあなたも同行して ほしかったのに)
太政大臣が、こうした鷹狩たかがり の行幸に、お供なさった前例などがあったのでしょうか。源氏の大臣は恐縮なさって、お使いをおもてなしになりました。
小塩山 みゆきつもれる 松原に 今日ばかりなる あとやなからむ
(小塩山の松原に 雪の積もるように 行幸は幾度もあったのに 今日ほど盛んな例は まったくなかったでしょう)
と、その当時聞いたことを、ほんの少しところどころ思い出される程度ですから、聞き違っているかも知れません。
源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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