三条の宮邸に向かう道うがらも、風は揉
みに揉んで激しく吹き荒れましたが、夕霧の中将はそれにかまわずお見舞いになりました。もともと中将は、何事にも几帳面できちんとなさる御性格なので、三条の宮邸と六条の院に参上して、源氏の君と大宮にお目にかからない日はありません。 宮中の御物忌ものい
みなどで、止むを得ず宿直とのい
をなさる日を除いては、忙しい政務や節会せちえ
などで時間をとられ、どんな多忙な折と重なっても、まず六条の院に参上し、それから三条の宮に参って、そちらから宮中へお出かけになりました。まして今日は、こうした悪天候のため、速く吹く風よりも先に立って心も上うわ
の空にあちこちをお見舞いして訪ね、さまよい歩いていらっしゃるのも、いかにも殊勝気に見えます。 大宮は、夕霧の中将のお越しをほんとうにうれしく、頼もしく思って待ち受けていらっしゃいました。 「この年になるまで、こんなひどい野分にはまだ一度も遭いませんせしたよ」 と、大宮は震えに震えていらっしゃいます。庭の大きな木の枝などが風に折れる音がするのも、とても怖いのです。 御殿の瓦まで残らず吹き飛ばしそうに風の荒れている中を、よくまあこうして訪ねて下さったこと」 と、大宮は震えながらも、一方では喜んでおっしゃいます。 以前はあれほど所狭しとばかり満ち満ちていた御威勢も、今は衰微してひっそりとない、この夕霧の中将だけを頼りにしていらっしゃるのも、無常の世の中というものでしょう。とは言っても、今でも世間一般の声望が薄れたわけではありません。ただ御子息の内大臣の御態度は、孫の夕霧の中将より、かえって少しよそよそしいように見えます。 夕霧の中将は、夜通し吹き荒れる風の音を聞くにつけても、なんとなくしんみりと心が沈みこんでいきます。いつも忘れることなく恋いし思いつづけているあの雲居の雁の姫君のことは、さし置いて、今日はじめて垣間見た紫の上の面影がどうしても忘れられないのを、 「一体これはなんという心なのだろう。この上、道ならぬ恋心が起こったりすれば、とんでもない恐ろしいことになりそうだ」 と、自分でそんな気持をまぎらそうとして、ほかのことを考えたりするのですが、それでもやはり、ふっと幾度となく紫の上の面影が浮んできます。 「過去にも未来にもあんな美しい方がいらっしゃるだろうか。こんなすばらしいお二人の御夫婦仲なのに、どうして東北の御殿の花散里はなちるさと
の君きみ のような方が、奥方の一人として肩を並べておいでなのふぁろう。比べものにもなりはしないのに、花散里の君はなんとお気の毒なことだろう」 とお思いになります。あのような魅力のない方をお見捨てにならない源氏の君のお心づかいの深さを、世にも珍しいことだとつくづくお考えになります。 この夕霧の中将はたいそう生真面目なお人柄なので、義母に恋心を抱くような不似合いなことは、現実のこととしては考えもしないのですけれど、 「同じことなら、あんな美しい方を妻にして、朝夕一緒に暮したいものだ。そうすれば、限りある寿命も、少しは延びるだろうに」 などとあこがれて、思いつづけないではいられません。 |