常 夏
(七) | 姫君はたまたま昼寝をしていらっしゃるところでした。羅
の単衣ひとえ をお召しになって横になられた御様子が、涼しそうで、ひんとうに可愛らしく、華奢きゃしゃ
に見えます。羅のお召物から透けて見えるお肌の色艶などもたいそうお美しい。いかにも愛らしい手つきで扇をお持ちになったまま、肘ひじ
を枕にして、投げ出されたように広がった御髪みぐし
が、そう長くて多すぎるというほどではありませんけれど、その裾すそ
の広がりにとりわけ風情があります。 女房たちも、几帳きちょう
や屏風びょうぶ の陰にそれぞれ横になって休んでいましたので、姫君はお目覚めにもなりません。 内大臣が扇を鳴らされますと、姫君はふとお目覚めになられて、無心に見上げられた目もとがいじらしくて、頬が赤らんでいらっしゃるのが、親のお目には、たまらなく可愛らしく見えます。内大臣は、 「うたた寝はいけないとよく言い聞かせてあるのに、どうしてそんなしどけない恰好かっこう
で寝ているのですか。女房たちも、お側近くにお付きしていないで、どうしたのだ。女というものは、常に身のまわりに心を配って、自分を守っているのがいいのです。気を許して投げやりなふうにしているのは、品の悪いことです。そうかといって、たいそう利口ぶって堅固に身を守り、まるで不動尊が陀羅尼だらに
をあげて、仰々しく印を結んでいるように、いかめしいのも、小憎らしい。現につきあっている人に対しても、あまりよそよそしい態度で、何か隔てを置いているような態度をとるのなどは、一見、上品らしいようでも、小憎らしく、可愛気のないものです。 源氏の君は、将来はお后にと考えていられる明石の姫君を、お躾しつ
けになる時は、すべての方面に通して片寄らず、特にそれだけが際立って秀れているといった才芸も身につけないように、と教えられた。かといって、何かにつけ未熟で不安な思いもしないようにと、寛容な教育方針を心がけていらしゃるそうだ。たしかにそれももっともなことだが、人というものは、考えにしても行いにしても、どうしても特に好きだというむきがあるものだから、明石の姫君が御成長なさるにつれて、それなりの個性を発揮されるだろう。入内じゅだい
なさる頃は、どんな御様子におなりか、それこそ拝見したいものですよ」 などとおっしゃって、雲居の雁の姫君に、 「理想通り入内させたいと願っていたあなたへの期待は、叶かな
えられなくなったけれど、何とかして世間の物笑いにだけはならないようにしてあげたいと思い、人の身の上の様々なことを聞くにつけ、いつもなたが案じられてならないのです。ちょっと試しに、さも親しげなことを親切らしく言い寄ってくるような男の願いなどには、ここしばらくは、決して耳を貸してはいけませんよ。わたしにも考えのあることだから」 など、姫君を心からいとしいと思いながらお話しになります。 姫君は、昔はまだ心が幼くて、何かにつけ深い考えもなく、夕霧の中将を気の毒な目にあわせたあの騒ぎの時にも、かえって恥ずかしいとも思わず、父上に平気な顔でお目にかかっていたことだと、今になって思い出すだけでも、恥ずかしさで胸が一杯になって、たまらなくなります。 大宮からも、姫君に始終お会い出来ないのが不安だと、恨めしがられて、いつもお便りがありますけれど、父大臣がこんなふうにおっしゃるのに気がねされて、姫君は大宮にお目にかかりにお訪ねすることも出来ないのでした。 |
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