常 夏
(六) | 内大臣は、例の、今度お引き取りになられた御娘のkとを、お邸の人々にも、とても姫君としては認められないと軽蔑されて、ないがしろに言われるし、世間でも馬鹿馬鹿しいことだと悪口を言われているとお耳になさるので、弁
の少将しょうしょう が話のついでに、源氏の君が、そんなことが本当にあったのかとお尋ねになった件を申し上げましたので、 「そうとも、あちらこそ、今まで噂にも聞かなかった田舎娘を引き取って、ひとかどの娘のように大切に育てているではないか。めったに人のことを悪くおっしゃらない源氏の大臣が、当家のことというと、すぐ聞き耳をたててけなされる。それほど気にかけて下さるとは、何と面目めんぼく
のあることよ」 と、負け惜しみをおっしゃいます。少将は、 「あの六条の院の西の対たい
に住まわせていらっしゃる姫君は、まったく申し分のないすばらしいお方のようです。兵部卿ひょうぶきょう
の宮みや などが大変な御執心で、熱心に口説いていらっしゃるけれど、うまくいかず苦労していらっしゃるとか。きっと並々のお方ではないのだろうと、世間では専もっぱ
らの評判のようです」 と、申し上げます。内大臣は、 「いやどうかな、それはただ、あの源氏の大臣の御息女というだけで、大変な評判になるのさ。世間の人の心とは大方そんなもの。その姫君だってそれほどすばらしいとは思えないね。もし相応の器量なら、今までにも噂になっていた筈はず
だ。惜しいことに、あれほど立派な源氏の大臣が、これまで塵ちり
ほどの非難も受けず、この世にあり得ないほどの御声望や御身分でありながら、子宝には恵まれない。れきっとした正妻腹の姫君を大切に育てて、なるほどこれなら申し分のない姫君だろうと、世間からも羨うらや
まれるようなお子がおありでないのはお気の毒なことさ。ほかにもお子が少なくて、心細いことだろうよ。母親の身分は劣っているが明石あかし
の人の産んだお子は、世にも稀な幸運に恵まれているのは、たぶん何か不思議な因縁があるのだろう。しかし今度の噂の姫君は、ひょっとすると、実之お子ではないのかもしれないな。あの大臣はどうも一癖ある方なので、これは何かわけがあるのかもしれない」 と、かえないていらっしゃいます。 「ところで、その姫君の縁談はどうお決めになるおつもりなのかな。兵部卿の宮がきっと付きまとってものになさるだろうよ。宮はもともと源氏の君とは格別仲のよい弟君で、お人柄も取りわけ御立派だし、お似合いの間柄だろう」 などと、おっしゃっては、それにつけても、御自分の雲居くもい
の雁かり の姫君のことが残念でなりません。 こちらでも、雲居の雁の姫君を、あんなふうにさも様子あり気に扱って、誰を婿にするつもりなのだろうと、男たちをやきもきさせてやりたかったのにと、いまいましくもあり、あの夕霧の中将が、それほど昇進しないうちは、結婚を許すわけにはいかないと、お思いになるのでした。 それでも源氏の大臣が、丁重に度重ねて口添えなさり、切に懇望されるなら、それに根負けしたような形にしてでも、結婚させようと思っていたのに、男君の方では、一向にあせらず、さっぱり申し込む様子もありません。そのため内大臣の心中は、はなはだ面白くないのでした。 そんなふうで内大臣はあれこれ思案なさるうちに、ふと気がむいて、雲居の雁の姫君のお部屋にお越しになりました。弁の少将もお供をしていらっしゃいます。 |
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