「内大臣なら、これ以上のすばらしい音色をお出しになるのかしら」 と、実の親に会いたさの思いも加わって、こんな和琴のことにつけてさえ、姫君は、いつになったら、そうした父君が打ち解けてお弾きになるのを聞けるのだろうかと、お考えになります。 <貴河
の瀬々のうあはら手枕たまくら
やはらかに> と催馬楽さいばら
を、実にやさしく源氏の君がお歌いになります。 <親避さ
くるつま> のところは、少しお笑いになりながら、さり気なく掻き鳴らされるすが掻きの風情が、言いようもなく興深く聞こえます。源氏の君は、 「さあお弾きなさい。すべて芸事は恥ずかしがっていては上達しないものです。ただし想夫恋そうふれん
だけは、弾きたくても曲名に恥じて、心の内に秘めて弾かない人もあったでしょう。その他の曲なら、遠慮せずに誰とでも合奏なさった方がいいのですよ」 と、熱心におすすめになります。あんな辺鄙へんぴ
な片田舎で、どうやら京の生まれだと自称していた、王族の流れを汲く
む老女に教えてもらっただけなので、間違いもあるだろうかと気がひけて、玉鬘の姫君は和琴に手もお触れになりません。 「もう少しの間、お弾きになって下さったらいいのに、そうしたら聞き覚えることも出来るかも知れないのに」 と、姫君はもどかしくて、ただ和琴への興味だけにひかされて、源氏の君のお側へにじり寄って、 「どういう不思議な風が吹き添って、こんな美しい音色に響くのでしょう」 と、首をかしげていらっしゃるお姿が、灯影に照らされほんとうに可愛らしく見えます。源氏の君はお笑いになって、 「琴の音にだけは耳の敏感なあなたのために、わたしはしみじみと身にしみる風も吹きつのるのでしょうよ」 と、おっしゃって、和琴を押しやっておしまいになります。それを聞いて、姫君はほんとにいやな御気分になられます。 女房たちがお側近くに控えていますので、いつものような冗談もおっしゃられずに、 「撫子なでしこ
をたっぷり眺めもしないで、若い人々は行ってしまいましたね。なんとかして内大臣にもこの花園をお目にかけよう。世の中も無常だからと思うにつけても、昔、何かの話のついでに、内大臣があなたのことを話し出されたのも、つい今しがたのような気がします」 と、その時のことを思い出されて少しお話しになるのも、姫君には、しんみりと胸にしみて悲しくなります。 |
撫子なでしこ
の とこなつかしき 色を見ば もとの垣根を 人や尋ねむ (撫子のような美しいあなたに お会いになれば 昔なつかしくて 父君はきっと母上の行方を
お尋ねになりましょう) |
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「それがわずらわしいので、ついあなたをこうして隠していますが、それもお可哀そうだと思っているのです」 と、おっしゃいます。玉鬘の姫君はお泣きになって、 |
山がつの
垣ほに生お ひし 撫子の もとの根ざしを
たれか尋ねむ (いやしい田舎に育った わたしの母のことまで 誰が心にかけていて お尋ねになど なるものですか) |
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と、ことさらさり気なさそうにお答えになられる御様子は、ほんとうにこの上もなくやさしくて、可憐な若々しさです。源氏の君は、 「あなたが来なければ、心も迷わなかったのに」 と、口ずさまれて、ますますつのる恋心の苦しさから、このままではやはりこらえきれそうもないと思われます。 |