常 夏
(二) | たそがれてゆくにつれ風が涼しくなり、若い公達
は、帰りたくない顔付きです。 「わたしは気楽にくつろいで涼むとしますか。そろそろわたしもこんな若い人たちから、嫌われる年頃になったよyだね」 ちとおっしゃって、西に対たい
にお出かけになるので、公達は皆お送りしてそちらへいらっしゃいなむ。 たそがれ時のほの暗さの中に、どなたも同じ色の直衣のうし
姿なので、誰彼の区別もつきにくいのでした。 源氏の君は玉鬘の姫君に、 「も少し端近く出ていらっしゃい」 とおっしゃってから、声をひそめて、 「弁の少将や藤侍従たちを連れて来ましたよ。この人たちはこちらへは、ほんとに飛んででも来たい思いなのに、夕霧の中将が生真面目すぎて気がきかなく、お連れしないのは思いやりがないことです。この人たちは皆、あなたに下心がなくはないでしょう。ありふれた身分の女でも、深窓に隠れている間は、身の程に応じて男は心を惹ひ
かれるものなのです。まして当家の評判なども、内輪のわずらわしさよりは、外見ははるかに立派に思われていて、世間では大げさに想像したり噂したりしているようです。この六条の院にはそれぞれ女君たちがいらっしゃるけれど、何と言っても男が恋して言い寄ろうとするようなお相手にはふさわしくありません。あなたがこうしてこの邸に住まわれるようになったので、ぜひ、そういう恋する若者たちの心が、どれほど深いか浅いかを見たいものだなどと、所在無いままに思っていたのですが、その願いが今叶かな
ったような気持がします」 などと、ひそひそ囁ささや
かれます。 お庭先にわさき
に、いろいろうるさい草花などは植えず、撫子なでしこ
だけを美しい色合いにとり揃えています。唐から
撫子や、大和やまと 撫子などとりどりに、たいそう可愛らしく垣根を作って咲き乱れて、たそがれの薄闇の中に浮き立っているのが、何とも言えない美しい景色です。 花のもとに公達は皆立ち寄って、思うままに手折たお
れないのを、物足りなく思いながら佇たたず
んでいます。 「あの方々は皆、教養のある物識りたちですよ。気配りなどもそれぞれに立派で感じがいい。内大臣の長男の柏木の中将は、とりわけ落ち着いていて、こちらが気恥ずかしくなるほど、人柄もすぐれています。どうですか、この中将からはお便りが来ていますは。あまりそっけなくして、あちらに気まずい思いをさせたりはしないように」 などと、おっしゃいます。 夕霧の中将は、こうした立派な方々の中でも、際立って優雅な美しいお姿です。 「うちの中将をお嫌いになるとは、内大臣も心外な人だ。御一族が藤原氏だけで他氏も入れず輝かしく時めいていらっしゃるところへ、こちらが皇族の血筋なので、偏屈だとでも思っていられるのだろうか」 と、おっしゃいますと、玉鬘の姫君は、 「<大君来ませ婿にせむ>
と、催馬楽さいばら にもございましたのに」 と申し上げます。源氏の君は、 「いや、その催馬楽の文句にもあるように、
<御肴みさかな に何よけむ>
などと、あれこれ派手に手厚くもてなされたいとは思っていないのです。ただ幼い者どうしが約束しあったその思いもとげられず、長い年月二人の仲をさいている内大臣のお気持が情けないのです。中将の身分がまだ低くて、世間の聞こえも軽々しいと思われるなら、そ知らぬ顔をして、万事わたしにお任せになったら、御心配をおかけする筈はず
もないのに」 などと、嘆息なさいます。玉鬘の姫君は、それを聞いて、さては二人の大臣の間は、そうした事情があってしっくりしていない仲だったのかとわかりました。それでは実の父君に自分のことを知っていただけるのは、いつのことかと、身にしみて情けなくなります。 |
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