〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2016/07/26 (火) 

ばしら (二)

ある雪の夕方、その日も雪をおかして六条の院へ出かけようとする髭黒の背後から、突然発病した北の方が香炉の灰を浴びせかけるという事件が起きた。頭から顔から衣類まで、全身灰まみれになった髭黒は、さすがにその夜は六条の院へ出かけられなかった。
玉鬘は相変らず、髭黒に心を開かず嫌っていたので、夜離よが れをいいことにして平気だった。
かねがね、髭黒の新しい恋を苦々しく思っていた式部卿の宮は、そんな夫のところに居ることはないと、髭黒の態度に憤怒して、迎えを差し向け、宮廷に引き取ってしまう。北の方は幼い男君や、姫君を連れて里へ帰ることになる。
姫君は十二、三歳になっていて、髭黒が非常に可愛がり、父親っ子だったので、父の留守に家を出ることを悲しみ 「真木の柱はわれを忘るな」 という歌を書き、それを柱の割れ目にこうがい の先で押し込んだ。
長い歳月暮してきた邸の、庭の樹や草にまで思い出がこもり、北の方は泣かずにはいられない。
宮の邸では、母北の方が泣きながら源氏の悪口を、宮に向かって訴えていた。この宮は紫の上の実父でありながら、源氏が須磨に流謫るたく となった時、源氏を憎む右大臣や弘徽殿の大后の勢力を恐れ、孤独になって京に残された紫の上に何の援助もせず、須磨の源氏を見舞うこともなかった。それを根に持っていて、源氏は自分たち一家に復讐ふくしゅう するのだと、母北の方は考えていた。
式部卿の宮は、そういう自分なのに、六条の院が完成した時、そこで自分の五十の賀の祝宴を、人も驚くほど盛大にしてくれたではないかと思い、母北の方のヒステリックな態度や悪口雑言をたしなめる。
事態を知った髭黒は式部卿の宮邸に妻や子供たちを迎えに行くが、宮は病気と称して逢ってもくれず、北の方も頑として帰らず、仕方なく、二人の男君だけを連れて邸に引き上げて来る。
玉鬘としては、自分にために起こった一家の崩壊離散ということは迷惑で、ますますこの結婚がいやになっていた。
この頃になって玉鬘は源氏の自分への愛が如何いか に深く、その言動が優雅で、こよなく優しかったかということに気づいていた。
その年も明け、翌年春、男踏歌のあるころ、玉鬘はやはり尚侍として出仕した。
螢兵部卿の宮からはひそかに消息があり、帝も美しい玉鬘に執着していた。
ある日、玉鬘の局に美しい帝がお渡りになり、玉鬘の美しさに、いっそう未練を抱かれる。
髭黒はその話を聞き、帝の寵愛を受けては一大事とあわてて、強引に玉鬘を自分の邸に連れ戻った。
玉鬘への未練を断ち切れない源氏は、二度ほど玉鬘にさり気ない手紙をやるが、二度目の返事は髭黒の代筆であった。
玉鬘は今になって源氏が恋しかった。帝からも消息があった。
北の方の若君たちは、玉鬘になつき、玉鬘は十一月に男児を産んだ。
近江の君は玉鬘の幸運を羨み、自分は夕霧に恋文を贈り、またしても人々の失笑を買っていた。

源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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