〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2016/07/25 (月) 

ばしら (一)
髭黒の大将の姫君が、住み馴れたやしきを去る時

今はとて 宿 れぬとも 馴れ来つる 真木まき の柱は われを忘るな

と、詠んだので、この題名がつく。
またこの姫君を真木柱の姫君と呼ぶようになる。
この帖の開巻第一は、
「こんなことを帝がお耳にされたら、畏れ多い」
という、源氏の言葉で始まっている。全く読者には寝耳に水で、いきなり、参内を前に控えた玉鬘が、こともあろうに最も関心がなく、むしろ嫌っていた髭黒の大将の手に入ったことを知らされる。
前帖 「藤袴」 が九月のことで終っているから、髭黒が想いを達したのは、九月の終わりということだろう。
例によって弁のおもとという女房が、大将を手引きしたので、玉鬘は抵抗のしようもなく、髭黒に犯されてしまったのである。髭黒は玉鬘の美しさに有頂天になって、いそいそ通いつめるが、玉鬘は、大将を嫌って恨んでいるので、いつでもつれない態度を取っている。
全く予想外の結果に、誰よりも仰天したのは源氏だった。しかしうろたえ騒ぐのもみっともないし、こうなってはどうすることも出来ないので、一応髭黒の大将を婿として最高に遇するのであった。
しかしこの結果を内大臣は、喜んでいた。
三日みか の夜のお祝いも源氏が立派に行ってくれたと聞き、内大臣は感謝していた。
帝は玉鬘の参内を楽しみにしておられたので、この思いもかけない結果にはたいそう御不満であった。
髭黒は、美々しい六条の院に通うのは窮屈なので、一日も早く玉鬘を自分の邸に迎え取りたいと思っていた。
尚侍出仕も止めさせたいのだが、決まったことなので、これだけは髭黒の自由にならなかった。内心源氏の手がついているだろうとの世間の噂を信じていた髭黒は、玉鬘が処女だったことも望外の喜びで、ますます玉鬘にのめり込んでいく。
髭黒には年上の北の方がいて、姫君一人と二人の若君が生まれていた。この北の方は紫の上の父、式部卿の宮と母北の方の間に生まれている。紫の上とは異腹の姉ということになる。この人は平素は上品でおとなしい美しい女性なのだが、非常に強いもの がついていて、その物の怪のあばれる時は別人のようになり、ほとんど常人には見えなかった。病みやつれたこの人を髭黒は 「お婆さん」 と呼んで嫌っていた。しかし北の方のしつこい持病をあわれと思い、式部卿の宮の手前もあり、髭黒は離婚などは考えていなかった。
源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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