〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2016/07/08 (金) 

 ゆき

冷泉帝れいぜいてい の大原行幸について書かれているので、この題がつく。
同じ年の十二月から翌年二月、源氏三十六歳から三十七歳の二月まで。
源氏は玉鬘の結婚について至れり尽せりの世話をしながら、内心では自分の恋情を断ち切れないでいる。もしこんなことが内大臣に知れたら、物事のけじめをはっきりさせる内大臣は、すぐさま源氏を婿扱いにするだろうと、源氏は脅えている。
その年の十二月、大原野で鷹狩をための行幸があった。行幸の行列はすばらしいので、人々の見物の的になる。源氏にすすめられ、行幸見物に出かけた玉鬘は、帝の高貴で類い稀な美しさに感動する、源氏と瓜二つの帝は、若さに於いて源氏以上にまさって見えた。源氏から勧められていた尚侍ないしのかみ に就任し宮仕えすることに、心が動かされる。
源氏はこの日行幸に供奉しなかったので、勅使を遣わし応答はあった。玉鬘が帝の美しさに心を動かしたことを感じ、源氏は宮仕えをいっそう勧める。尚侍といっても、帝の寵愛を受ける可能性はあるのだから、この選択は、秋好む中宮の時と同様、源氏は自分の恋人を息子の嫁にするということになるのだった。
宮仕えの前に玉鬘の裳着もぎ の式をしてやりたいと源氏は考える。玉鬘は長く筑紫に住んでいたため、普通十二、三歳で行う裳着の式をまだあげていなかった。
年が明け、玉鬘が二十二歳になった二月を、裳着の時と決め、この時内大臣に真相を打ち明けるつもりになり、源氏は内大臣に腰結いの役を依頼する。
内大臣は大宮が病気だということを理由に断ってくる。内大臣としては、自分の娘の弘徽殿の女御を差し置いて、秋好む中宮が立后したことに怒っていた上、玉鬘がまた宮仕えに出るということは、弘徽殿の女御のライバルをまた一人増やすことになるのだから不快に思っていた。
二月の初め、源氏は大宮を見舞い、わけを話し、内大臣への取りなしを頼む。
その場に内大臣が呼ばれ、源氏ははじめて玉鬘が内大臣と夕顔の間に出来た実子だということを打ち明ける。
内大臣は探していた玉鬘に逢えることを喜ぶが、内心、源氏と玉鬘の関係にすぐ疑念をお持つ。
二月十六日、裳着の当日、大宮をはじめ、秋好む中宮、六条の院の女君たちから、それぞれ祝いの品々が届いたが、末摘花の贈り物は、例によって意表を突く変わったもので、源氏は辟易する。
内大臣は腰結いの役をつとめながら、何とかして玉鬘の顔を見たいと思うけれど、源氏からも今日は何も知らない顔で、しきたり通りのことだけをしてくれと頼まれているので、それ以上の挙には出ない。
すべての式の支度がこれ以上ないほど見事にされているので、内大臣は心から感謝しながらも、これまでずっと隠してきた源氏の気持を恨めしく思う。
それでも万事、この姫君のことは、源氏の考えに任せて、その意向に従おうと思う。
事情を知った求婚者たちは、それぞれ感慨深いものがある。螢兵部卿の宮は、もうこれで断る口実がないだろうと、ますます熱心に求婚する。源氏は帝の所望があるからと体よく断る。
つとめて世間の話題にならないよう気をつけていたものの、やはり話しは洩れ伝っていき、あの近江の君の耳にも入った。尚侍になりたくて、人の嫌がる汚い仕事まで引き受けて仕えてきたのに、自分をさしおいて、新しい姫君がその職を奪うのはあんまりだと、近江の君が恨み悲しむ。
それを例によって、兄弟の君達や、内大臣までが、からかいの種にして嘲弄するのだった。

源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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