玉鬘への求婚譚がいよいよ本格的に展開していく。 思いもかけず源氏に道ならぬ恋心を打ち明けられて以来、玉鬘は思い悩む。源氏は一たん意中を打ち明けてからは、人目も憚
りながらも、ますます西の対に訪ねて来て、折を見ては言い寄ろうとする。玉鬘は分別のつく年頃だけに、露骨にそれを拒否し、源氏に恥をかかす態度も取れず、困惑しきっている。源氏はそんな怪しからぬ態度を見せる一方、弟の兵部卿ひょうぶきょう
の宮みや との交際をそそのかしたりする。 玉鬘は源氏の求愛のわずらわすさに反動から、熱心な求婚者の宮に対して、前よりは心が動いている。 五月雨さみだれ
の晩、兵部卿の宮が訪れて来た。源氏が玉鬘の女房に書かせた返事の手紙を、いつもより色よく感じたので、宮は期待していそいそしている。 源氏はまるで母親のように気をつかって、宮を迎えるあらゆる支度の指図をした上、夕方からひそかに集めて薄絹に包んで隠していた螢を、暗くなってから、いきなり、玉鬘のいるそばの几帳の一枚を上げ、さっと放った。 玉鬘は何が起こったのかわからず、あわてて扇で顔を隠すが、兵部卿の宮はおびただしい螢の光の飛びかう中に見てしまった玉鬘の横顔の美しさに魂を奪われてしまった。 この出来事から、題名がついたもので、また玉鬘のこの夜の歌に |
声はせで
身をのみこがす 螢こそ 言ふよりまさる 思ひなるらめ |
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というのもある。 螢の光で女を一瞬見せ、いっそう宮を迷わせようという源氏のいたずら心が企んだ趣向だと説明されている。 はたして宮は螢の光に見た玉鬘にますます恋心をつのらせていく。この宮を螢兵部卿と呼ぶのはこの場面による。源氏物語には数々の名場面や印象的な場面が用意されているが、この螢の夢幻的な美しい場面もそのひとつである。 五日の端午の節句に花散里はなちるさと
の夏の御殿へ、夕霧が同僚や友人たちを連れてやって来る。そこの馬場で競射が行われた。源氏もそこへ出かけたついでに玉鬘を見舞い、螢兵部卿の宮のことを、 「あまりお親しくなさらないほうがいい」 などと注意する。その時宮の性質をかなしたりする。複雑で屈折した源氏の玉鬘への想いである。 その夜、源氏は珍しく花散里のところに泊まる。しかし花散里は自分の帳台を源氏にゆずらず、自分は几帳のかげに寝て、同衾どうきん
しない。それが当り前と思っている花散里に源氏は心慰められる。性抜きの夫婦でありながら、源氏は大切な夕霧や玉鬘を預けるほど信頼しているのである。 |