螢
(八) | 長い梅雨が例年よりしつこく降りつづき、空も心も晴れる間もなく退屈なので、六条の院の女君たちは、絵物語などを慰みに読んで明かして暮していらっしゃいます。 明石
の君は、そうした物語も趣向を凝らして見事に絵巻物にお仕立てになり、明石の姫君にさし上げます。 西に対たい
の玉鬘の姫君は、長い田舎暮しで物語を見る機会もなかったので、他の方々よりはいっそう珍しく思われ、興味を引かれることですから、明けても暮れても物語を読んだり、写したりするのに夢中になっていらっしゃいます。こちらには物語を写したりさし絵を描いたりすることの得意な若い女房たちも大勢いました。 世にも珍しいようなさまざまな人の身の上などを、真実か虚構かわからないけれど、いろいろ書き集めてある中にも、姫君は御自分の様な珍しい身の上の者はなかったと、ごらんになっていらっしゃいます。 住吉すみよし
物語の姫君が、様々な運命に直面したその当時はもちろん、現在でもやはりとりわけ人気が高いようです。その物語の中で、継母ままはは
のさし向けた老人の主計かぞえ
の頭かみ が、危うく姫君を盗み出そうとするところなど、玉鬘の姫君は、あの大夫たいふ
の監げん の恐ろしかった自分の経験と比べて読んでいらっしゃいます。 源氏の君も、どちらに行かれても、こうした物語が取り散らかしてあるのが、お目につきますので、 「ああ、厄介だね。女というものは、すすんでわざわざ人にだまされるように、この世に生まれついているものと見えるね。沢山のこうした物語の中には、本当の話などは、いたって少ないだろうに、一方ではそれを分かっていながら、こんなたわいもない話に心を奪われて、ていよくだまされて、暑苦しい五月雨さみだれ
時に、髪の乱れるのも構わず、書き写していらっしゃるとは」 と、お笑いになるものの、また、 「もっともこうした昔の物語でも見なければ、実際、どうにも他に気の紛らわしようもないこの所在なさは、慰めるすべもないですね。それにしてもこの数々の嘘うそ
八百の作り話しの中にも、なるほど、そんなこともあろうかと読者を感動させ、いかにも真実らしく書き続けているところには、一方ではどうせたわいもない作り話と分かっていながら、閑ひま
にまかせて興味をそそられ、物語の中の痛々しい姫君が、悲しみに沈んでいるのを見れば、やはり少しは心が惹ひ
かれるものですよ。また、とてもそんな話しはあり得ないことだと思いながらも、読んでいるうちに、仰々しく誇張した書きぶりに目がくらまされたりして、改めて落ち着いて聞いてみる時は、なんだつまらないと癪しゃく
にさわるけれど、そんな中にも、ふっと感心させられるようなところが、ありあり描かれていることもあるでしょう。。この頃、明石の姫君が、女房などに時々物語を読ませているのを立ち聞きしますと、何と話しのうまい者が世間にはいるものだとつくづく感心します。こんな話しは嘘を言い馴れた人の口から出るのだろうと思うけれど、そうとばかりも限らないにかな」 と仰せになりますので。玉鬘の姫君は、 「おっしゃるように、いつも嘘をつき馴れたお方は、いろいろとそんなふうに御推量もなさるのでしょう。わたしなどにはただもう本当の話としか思えませんわ」
と今まで使われていた硯すずり
を脇へ押しやって、物語を写すのをやめようとなさるので、源氏の君は、 「気をそそぐようなぶしつけな悪口を言って、物語をけなしてしまいましたね。物語というものは、神代かみよ
の昔から、この世に起こった出来事を書き残したものだといわれます。正史といわれる日本紀にほんぎ
などは、そのほんの一面しか書いていないのです。こうした物語の中にこそ、細かいことがくわしく書いてあるのでしょう」 とおっしゃってお笑いになります。 |
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