〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-[』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻五) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/06/25 (土) 

螢 (六)
源氏の君は、花散里の君のお部屋にも顔をお出しになられて、
夕霧ゆうぎり の中将が、今日の左近さこん 衛府えふ競射きょうしゃ の試合のついでに、友人たちを連れてこちらへ来るようなことを言っていましたが、そのお積りでいらっして下さい。まだ明るいうちにやって来そうですよ。不思議なことに、ここではこっそり内輪にする催しも、あの兵部卿の宮たちが聞きつけておいでになるので、どうしても大げさなことになってしまうから、そんな支度をしておいて下さい」
など仰せになります。
馬場御殿は、こちらの西にたい の廊下から見通せるほどの近さです。
「若い女房たちは、渡り廊下の戸をあけて見物なさい。左近衛府には、この頃、なかなか気の利いた男たちが多いのだよ、なまなかな殿上人でんじょうびと には、ひけをとらないだろう」
とおっしゃいますので、若い女房たちは、今日の見物を心から楽しみにしています。
玉鬘の姫君の西の対の方からも、女童めのわらわ などが見物にやって来ました。こちらでは廊下の戸口に御簾みす を青々と掛け廻して、現代調のぼかし染めの御几帳みきちょう を立てつらね、女童や、下仕えの女たちが、その戸口にうろうろしています。
菖蒲襲しょうぶがさねあこめ に、二藍ふたあいうすもの汗衫かざみ を着ている女童は、西の対の者でしょう。可愛らしく感じのよい女童ばかり四人います。下仕えがおうち の花のような薄紫色の、裾の濃いぼかし染めの に、薄萌黄うすもえぎ 色の唐衣からぎぬ をつけているのは、今日の節句にちなんだ装いです。
こちらの花散里の君の方の女童は、濃いくれない単襲ひとえがさね に、撫子襲なでしこがさね の汗衫などをおっとりと着ています。それでもお互い、それぞれ競争し合っている様子は見ものです。
気の若い殿上人などは、早速女房に目をつけては、気のあるようなそぶりを送っています。
午後二時頃に、馬場御殿うまばのおとど に源氏の君がお出ましになりますと、ほんとうに親王たちもお集まりになりました。
競技も宮中での競射とは様子が違って、中将や少将などが連れ立って来て、風変わりな趣向を華やかにこらして遊び暮されました。
女にはさっぱり分からない競技でしたけれど、舎人とねり たちさえ、華やかな装束を着飾って、必死の秘術を尽くして勝負しているのを見るのは、ほんとうに面白いことでした。
馬場は紫に上がお住みになっている南の町までずっと通して続いているので、あちらでも、こういう若い女房たちは見物したのでした。
打毬楽だぎゅうらく落蹲らくそん などの舞楽を演奏して、勝負のあつ度あがる乱声らぞう など、笛や太鼓で大騒ぎするのも、すっかり夜になると闇の中に何も見えなくなってしまいました。
舎人たちはそれぞれ勝負に応じて褒美の品々をいただきました。
すっかり夜も更けてしまってから、人々は皆お帰りになりました。
源氏物語 (巻五) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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