五月五日には、源氏の君は、花散里
の君きみ の馬場御殿うまばのおとど
にお出かけになったついでに、西の対たい
の玉鬘の姫君の所へお越しになりました。 「いかがでした。兵部卿の宮は夜おそくまでいらっしゃいましたか。あの宮とはあまりお親しくなさらないほうがいいですよ。宮はあれで厄介なところがおありになる方なのですよ。女の心を傷つけたり、情事で過あやま
ちをおかしたりしないような人は、めったにいないものですよ」 などと、宮について殺生自在に、ほめたり、けなしたりなさって、姫君に警戒するよに注意なさる源氏の君の御様子は、どこまでも若々しくおきれいにお見えになるのでした。艶つや
も色もこぼれるように美しいお召物に、夏の直衣のうし
を軽やかに重ねられた色合いも、どこからどう加わってきた美しさなのでしょう。とてもこの世の人の染め出したものとも思えません。いつものお衣裳いしょう
と同じ色の文目あやめ も、五月五日の節句の今日は、ことさら快く感じられます。ゆかしく思われるお召物の薫香なども、つまらないあの心配がなければ、ほんとうにすてきに思われるに違いないお姿だろうと、姫君は見ていらっしゃいます。 兵部卿の宮からの御手紙がありました。白い薄様うすよう
の紙に、御筆跡はことさら優美に御立派にお書きになっていらっしゃいます。見た時はほんとうにすばらしかったのですけれど、こうしてあらためて書き伝えてみれば、とりたててどういうこともありません。 |
今日けふ
さへや 引く人もなき 水隠みがく
れに 生お ふるあやめの ねのみ泣かれむ (端午の節句の今日でさえ
引く人もなく水底みなそこ に
隠れ流れる菖蒲あやめ の根よ
あなたに情つれ なくされたわたしは
今日も音ね をあげ泣くばかり) |
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語り草にもなりそうな、それはそれは長い菖蒲の根に、お手紙を結びつけてありますので、源氏の君は、 「今日のうちにお返事なさい」 など、おすすめしておいてお帰りになりました。女房たちも、 「やはりお返事を」 と申し上げるので、姫君も何とお思いになったものか、 |
あらはれて
いとど浅くも 見ゆるかな あやめもわかず 泣かれけるねの (水の面にあらわれてみると 菖蒲の根も何とつまらない あやめもわかず声をあげ
泣くというあなたのお心も 浅いことがわかりましたわ) |
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「ずいぶん若々しいお気持ですこと」 とだけ、薄墨で書かれているようです。筆跡にもう少し風情があればいいのにと、風流好みの宮は、少しもの足りないとお思いになられたことでしょう。 五月の節句なので、今日は玉鬘の姫君のところには、言いようもなく趣向をこらした薬玉くすだま
などが、方々からたくさん贈られています。悲しい運命に沈みこんでいた長年の苦労の名残もない現在のお暮しに、お心ものどかにゆったりなさることも多くなりましたので、どの道、源氏の君との関係を断つなら、君のお名に少しの疵きず
もつけないようにしたいものと、どうしてお考えにならぬ筈はず
がありましょう。 |