兵部卿の宮は、姫君のいらっしゃるのはあのあたりだろうと、見当をおつけになりましたが、それが思っていたより間近な様子なので、お心がときめかれて、言いようもなく美しい羅
の帷子の隙間からお覗きになりますと、一間ひとま
ほど隔てた見通しのきくあたりに、思いもかけない光がこうしてほのかに姫君を照らしているのを、何という心憎い情景かとお目にとめられます。 たちまち女房たちが螢を隠してしまったので、光りは消えてしまいました。けれどもこのほのかな螢の光りは、風流な恋の糸口にもなりそうに見えました。ほんの一瞬、わずかに御覧になっただけですけれど、すらりとしたお姿で横になっていらっしゃる姫君の御容姿の美しかったのを、宮は見飽きず心残りにお思いになられて、ほんとうに、源氏の君のあの御計画通りに、この趣向は宮のお心に深くしみいったのでした。 |
鳴く声も
聞こえぬ虫の 思ひだに 人の消け
つには 消ゆるものかは (鳴く声も聞こえない 螢の光りさえ 人が消そうとしても 消えるものでしょうか ましてわたしの恋の火は) |
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「この思いをお分かり下さいましたでしょうか」 と宮は申し上げました。こうした時の御返歌を、時間をかけて思案するのもすなおでないので、ただ速いだけを取り柄に、 |
声はせで
身をのみこがす 螢こそ 言ふよりまさる 思ひなるらめ (鳴く声も立てずに ただひたすら わが身を焦がす螢こそ 言葉になさる誰かより
はるかに深い思いでしょう) |
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などと、わざとさりげなくお返事をして、姫君自身は奥へ入っておしまいになりましたので、宮は、いかにもよそよそしいお扱いを受ける辛つら
さを、たいそうお恨みになります。そこに夜明けまでいるのは、いかにも好色がましいようなので、軒の雫しずく
の絶え間もないほどに、満たされぬ恋の辛さに苦しくて、雨と涙に濡れ濡れ、まだ暗いうちにお帰りになりました。そのとき、五月雨さみだれ
の物思いの夜にふさわしく、ほととぎすなどがきっと鳴いたことでしょう。それを聞いて歌も詠まれたのでしょうが、そんなことまでは、いちいちわずらわしいので耳にもとめませんでした。 宮の御容姿などの優雅さは、御兄弟だから源氏の君にたいそうよく似ていらっしゃると、女房たちもおほめ申し上げています。昨夜、源氏の君がまるで母親のように姫君の世話をやいていられた御様子を、ほんとうの御本心も知らないままに女房たちは、なんとおやさしくもったいないと、みんなで話し合っています。 玉鬘の姫君は、こうして表面はさすがに親らしく振舞っていらっしゃる源氏の君の御様子を見るにつけても、 「所詮は不運な自分が招いた不幸なのだ、実の父内大臣に探し出されて、人並みに娘として扱われた上で、このように源氏の君に愛されるのなら、どうしてそれほど不似合いということもあるだろうか。今のような普通でない境遇でいる立場こそ情けなく口惜しい。しまいには世間の噂の種にならないだろうか」 と、寝ても覚めても思い悩んでいらっしゃいます。とは言っても、源氏の君は、実のところ、父と娘の近親相姦のようなみっともない関係に、姫君を落すような結果にはしたくないと、考えておいでなのでした。ところがやはり例の多情な御性質なので、秋好む中宮などに対しても、きれいさっぱり思いあきらめていらっしゃらないのでしょうか。折の触れては、ただごとではない妖しいことを申し上げ、中宮のお気を引くようなこともなさるのでした。けれども中宮という高貴な御身分では、何とも重々しく近寄りにくくて、万事面倒なので、あからさまに立ち入ってはお心の内を打ち明けたりはなさいません。ところがこちらの玉鬘の姫君は、お人柄も親しみやすく現代風でいらっしゃるので、源氏の君はついお気持が抑え切れなくて、女房たちがもしお見かけしなかったら、きっと怪しまれるに違いないようなお振舞いなどを、時々なさるのでした。それでもあり得ないほど、よく自制なさるので、危ないながらも、まだやはり美しく清いお二人の御関係なのでした。
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