螢
(二) | 兵部卿
の宮などは、真剣になってしきりに恋文をお届けになります。恋心を抱かれはじめてからまだいくらも日数を経たわけでもありませんのに、婚礼を忌い
むという五月雨さみだれ の季節になってしまったと嘆きを訴えて、 「せめてもう少しお側近くに上るだけでもお許し下さったなら、胸の思いの片端でも申し上げ、心を晴らしたいものです」 と、お書きになっているのを、源氏の君は御覧になられて、 「なに、いいですとも、こういう方たちが言い寄られるのは、さぞかし見ものでしょう。あまりそっけないお扱いはなさらないように、時折お返事はさし上げたほうがいいでしょう」 とおっしゃって、文章まで教えてお返事をお書かせになります。姫君はますますいやな情けないお気持になられますので、気分が悪いと言い、お返事はいたしません。 お仕えする女房たちも、とりわけ家柄が高く、信望のあつい里方の者などは、ほとんどおりません。ただ亡き母君の叔父に当る宰相さいしょう
ほどの身分だった人の娘で、気立てなども悪くない者が、落ちぶれて父におくれ、暮らしていたのを尋ね出してお引取りになっています。その女が宰相の君と呼ばれて、字などもまずまず上手に書き、その他のことも大体に大人びたしっかり者なので、そうした方々への折々のお返事などは、姫君がこの宰相の君に書かせていらっしゃいました。 源氏の君は宰相の君をお呼び出しになり、手紙の文章などを姫君に替って代筆をおさせになります。おそらく兵部卿の宮が、玉鬘の姫君に言い寄られる様子を、御覧になりたいとお思いだからなのでしょう。 姫君御本人は、源氏の君に恋を打ち明けられるなどといういやらしく嘆かわしい心配事が起こってから後は、この兵部卿の宮などが、情じょう
のこもったお手紙をさし上げた時は、少しは心をとめて御覧になる時もあるのでした。特に宮をどうお思いになるというのではないのです。こうした源氏の君のうとましい御態度を見ないですむ方法はないものかと、さすがに女らしい世馴れた思案も生れて、宮との結婚もお考えになるのでした。 源氏の君はどうだっていいのに、勝手にひとり力んで兵部卿の宮を待ち構えていらっしゃいます。 そんなこととは、兵部卿の宮は御存じなくて、少しは色よいお返事があったことを珍しいと喜ばれて、ほんとうにこっそりと忍びやかにお越しになりました。
妻戸つまど の内の廂ひさし
の間に座布団をさし上げて、御几帳みきちょう
だけを隔てにして、姫君のお近くにお通しします。源氏の君が大変な気配りをなさり、お部屋に薫物たきもの
を奥ゆかしく匂わせて、あれこれお世話をなさる御様子は、実の親でもないのに、うるさいおせっかいをするものです。それでもやはり、ことの真相を知らない者は、よくもこれほどまで御面倒をみるものと感心させられます。 女房の宰相の君なども、宮への姫君のお返事のお取り次ぎも、どうしていいか分からず、ただ、恥ずかしくてもじもじ坐っているだけです。それを源氏の君は、何をぐずぐずしているとばかり、袖を引いて抓ったりなさいますので、宰相の君はますます困りきっています。
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