螢
(一) | 今はこうして太政大臣
という重々しい地位になられた、源氏の君は、何事にものどやかに落ち着いたお暮らしぶりなので、お世話になっていられる女君たちもそれぞれのお身の上に応じて、皆思い通りにお暮らしも安定され、何の不安もなく、満ち足りた日々を送っていらっしゃいます。 西にし
の対たい の玉鬘たまかずら
の姫君だけは、お気の毒なことに思いもかけなかった心配事が加わって、どうしたらいいのかとお悩みの御様子です。 あの大夫たいふ
の監げん のうとましかった有り様とは比べものにならないけれど、まさか仮にも娘となった者に懸想けそう
するようなことを源氏の君がなさろうとは、全く誰ひとり考えつくはずもありません。 それで姫君は、そういう目にあう度ごとに、御自分の胸ひとつにいつもお悩みになって、源氏の君のなさり方に、とんでもない異様な厭いや
らしさをお感じになるのでした。 何もかもすっかりわきまえてこられたお年頃なので、あれやこれやと世の中のことや自分の運命を思い合わせては、母君がお亡くなりになってしまわれた無念さを、また改めて口惜しく悲しく思われるのでした。 源氏の君も、一度恋心をお洩も
らしになってからというもの、心が慰むどころか、かえって苦しく悩まれましたが、人目を気兼ねなさって、ちょっとしたお言葉さえ姫君におかけになれません。苦しい想いを抱いたまま、足しげく西の対たい
にお越しになっては、姫君のお側にたまたま女房たちがいなくなって、ひっそりしている時には、ただならぬ思いつめた御様子で、お心の内をお訴えになりますので、その度に姫君は胸のつぶれる思いをなさいます。かといってあまりきっぱりとお断り申し上げて気まずい思いを源氏の君におさせすることも出来かねますので、ただ、気づかないふりをしてさりげなくお相手なさるのでした。 姫君はお人柄が晴れやかで愛嬌あいきょう
よく、親しみ易やす いお方なので、御自分ではたいそう真面目に振舞って、用心していらっしゃいますけれど、やはり美しく愛嬌あふれる魅力ばかりは隠しようもありません。 |
|
|