〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-Z』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻四) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2016/05/30 (月) 

たま  かずら (二)
豊後の介は忠誠を買われて源氏に取り立てられ、姫君の家司けいし となる。
この年の暮れ、源氏は六条の院の女房たちに、それぞれ正月用の晴着を選んで贈る。選ぶのは東南の春の邸で、紫の上と一緒にそれは行われる。紫に上は源氏の選ぶ衣装によって、女君たちの美しさや性格を想像しようとする。この衣裳選びの場面は、いかにも六条の栄華が偲ばれて華やかで豪奢である。
この時、二条の東の院に庇護を受けている末摘花すえつむはな にも、空蝉うつせみ にも、衣裳が贈られる。 「関屋」 の帖以来、舞台から姿を消していた空蝉が尼になって源氏に引き取られていることが、ここではじめて読者にわかる。
末摘花のこの時の返礼や、使者への引き出物の突拍子もなさが物笑いにされて、この玉鬘の帖は終る。
顔も覚えない母と生き別れ、みなし児になった玉鬘が。筑紫にさすらい、帰京して、六条の院に入るまでの境涯は、平安シンデレラ物語で、波瀾万丈、息もつかせぬ面白さと、当時、これを読み聞かされた人々は感じたのではないだろうか。大衆小説的な筋立ての中には、大夫の監とのやりとりの滑稽さや、初瀬詣での椿市の宿に登場する三条という女房の、田舎じみたとんちんかんな言動のおかしさなど、笑わせる場面もあれば、玉鬘の悲運や苦労の悲しさで、泣かせ場も、しっかり用意されている。天皇や中宮と共に、この物語を聞いた女房たちには、一番人気のあった帖であろう。
長谷寺詣りの椿市の宿での右近と乳母のめぐり合いなどは、出来すぎているという感じもあるが、人生にはこういう偶然が全くないとは言い切れないので、小説でそれを読んだ人々は、実人生の苦しさの彼方に、はかない願望の夢の虹をかけることも出来るのである。現実の不如意や心の痛みが、こんな霊験譚によって結構癒され慰められもしたのでしょう。
「玉鬘」 の帖は枚数も多いが、話の面白さと、場面転換の鮮やかさで長さを感じさせない。
もう二十歳を過ぎた玉鬘は、決して若々しいとはいえず、苦労のせいで、普通の深窓育ちの姫君よりも、人の心の機微にも鈍感でなく、ちょっとした応答にも手応えを感じさせる。母の夕顔より品があり、理知的で華やかでもある。
聡明でたちまち六条の院の風に馴染み、みるみる都会的に洗練されてゆく。源氏は魅了的な玉鬘を発見したことを、わざと実父の内大臣には告げず、表向きは自分の子のように見せかけ、男たちが玉鬘に惹かれて、右往左往するのを横から見て愉しもうなどというけしからぬ魂胆を抱いている。しかし早くも、父と娘の純な関係では収まりそうもない好色な下心も動いているのである。
この帖で、特筆すべき事柄は、玉鬘のドラマチックな運命の他に、六条の院という源氏の理想のハレムの出現であろう。四町という広さとあるが、町とは京の市街が、大路、小路で区画された一区画のことで、一町は約百二十メートル四方、約一万五千平方メートルだという。町と町の間は、道路でつながるから、それも加える。これを四倍した広さ、六万平方メートル。プラス道幅となるので、その広大さが想像出来よう。後楽園の元球場の約五倍ほどの広さだという。四つの町を四季に見立てて造園し、そこに季節にふさわしい女たちを配して、気の向くままに訪れるという構想は、男としての最高の贅沢と願望の実現である。
源氏物語 (巻四) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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