胡 蝶
(九) | 雨はいつの間にか止み、風に竹の枝がさやさやと鳴る頃、はなやかにさし上った月の光が美しく、しっとりとした夜の風情でした。 女房たちは、お二人のしんみりとした水入らずのお話しに御遠慮して、お側近くにおりません。いつも親しくお逢いしている御仲ですけれど、こうしたよい機会はめったにありませんので、源氏の君は心の思いを一度、口にお出しになられたはずみに、一途につのってきた感情にそそのかされてか、着慣れて肌に柔らかくなったお召物を、衣
ずれの音も実にうまくまぎらわせて、人に気づかれないようにそっとp脱ぎになり、姫君の横にぴったりと添い寝をなさいました。姫君は辛くてたまらず、女房たちもいったいどう思うことかと、例にないことなのでたまらなく情けないお気持でいらっしゃいます。 もしもほんとうの親のお側にいたなら、それほど大事にされず捨ておかれても、こんな浅ましい目にあうことはないだろうにと悲しくて、隠そうとしても、しきりに涙があふれ出るのが、見るからに痛々しい御様子なので、源氏の君は、 「そんなふうにいやがられるとは恨めしいことです。まったくの赤の他人でも、男女の仲のならわしで、女は男にみな身をまかせるものなのに、こんなに長い間親しくしていて、添い寝する程度のことが、何でおいやなのでしょう。これ以上、無理なことをしようというつもりは決してありません。こらえようにもこらえきれない激しい恋しさを、せめてなだめるだけなのに」 と、いかにもしみじみとおやさしくお話しになることは尽きません。今までにもまして、こうして近々と添い寝までした女の感じは、昔の夕顔そのままで、源氏の君は切なさに胸がしめつけられます。 ご自身でも、あまりに唐突で軽率な行為だったと自覚していらっしゃるので、よくよく反省なさって、女房たちにも怪しまれるにちがいないので、あまり夜も更けないうちに、お出ましになります。 「これからわたしをすっかりお嫌いになるなら、とても辛くてたまらないでしょう。これがほかの人だったら、こうまで我を忘れて夢中にはならないものですよ。わたしの愛情は、底知れぬほど限りなく深いので、人の咎めるような振る舞いはこれ以上決してしません。ただ昔の母君が恋しくてならない慰めに、とりとめもない話でもしましょう。せめて同じような気持で、お返事などして下さい」 と、大そう細やかに申し上げますけれど、姫君は、正気も失ったような有り様で、ただただ情けなく思っていらっしゃるので、源氏の君は、 「まさかそれほどまで嫌っていらっしゃるとは思っていなかったのに、よくもまあ、ひどくお憎みになるようですね」 と嘆息なさって、 「夢にも人に決して気づかれないように」 とおっしゃってお帰りになりました。 |
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