胡 蝶
(六) | 右近も笑顔でお二人の御様子を拝見しながら、源氏の君は姫君の親と申し上げるには不似合いなくらいお若くお見えになるし、御夫婦としてお並びになった方がかえってふさわしいようだと思っています。 「決して、殿方のお手紙のお取次ぎなどはいたしておりません。さきほど殿も御覧遊ばした三、四通のお手紙は、そのままお返しして先様に間の悪い思いをおさせするのも、いかがかと思いまして、女房が一応お受け取りだけはしたようですが、お返事は、ただ殿からおすすめの時だけしかなさいません。それさえ姫君はお厭
そうにしていらっしゃいます」 と、右近が申し上げます。 「では、この若々しく結び文にした手紙は誰からのだ。たいそう見事に書いてあるようだけれど」 と、ほほ笑みながら御覧になりますので、右近は、 「それは、使いの者がしつこく置いていったものなのです。内大臣家の柏木の中将さまが、こちらに御奉公しております女童のみることを前から御存知でして、その子がことづかったのです。ほかに取り次ぐ者もいなかったのでしょう」 と申し上げます。 「それは可愛いじゃないか。官位はまだ低くても、あの人たちにどうして恥をかかせられよう。公卿くぎょう
でも、この中将の声望に匹敵できそうな人はそう多くはない。内大臣の御子息の中でも、この人は格別思慮のある人物です。そのうち自然に、姫とのほんとうの間柄に思い当たることもきっとあるだろう。今は、あまりその点をはっきりさせず、適当に言い繕つくろ
っておくほうがいいでしょう。それにしても、実に見事な書きぶりだね」 などとおっしゃって、すぐにはその手紙を下に置こうとなさいません。 「こんなふうに、あれこれ御注意申し上げたら、あなたが何かとお思いになるだろうかと、気が咎とが
めますが、あちらの内大臣に実の子と知っていただくにしても、まだあなたは世間知らずで、これといって身の振り方も固まっていないうちに、長い年月別れて暮してこられた御家族の中に急に顔をお出しになるのは、どんなものかとあれこれ心配しているのです。やはり世間並みの結婚に落ち着いたからはじめて、一人前の人として親子の御対面をする機会もおありになると思います。 兵部卿の宮は、独身でいらっしゃるものの、なかなか浮気な御性分で、お通い所も多いというし、召人めしうど
とか、いやな名のついた侍妾じしょう
たちも大勢いるという噂です。夫のそういう浮気な面について憎らしい態度をせず、大目に見てあげられるのだったら、夫婦仲も結構穏便に収められるでしょう。すかし少しでも焼もち癖のある人なら、そのうち夫に飽きられるようなことが自然におこるだろうから、嫉妬心については御注意しないといけません。 また髭黒の右大将は、長年連れ添った北の方が、たいそう年をとっているのに厭気が増して、あなたに求婚しているのだそうで、そのことも、まわりの人々は困ったことだと思っているようです。それももっともなことなので、わたしもあれこれ迷って内心思案を決めかねているのです。こうした結婚話しは、親などにもはっきり自分の気持を言い出し難いことdす。でもあなたは、それが言えないほどのお年ではなし、もう何でも御自分で判断がお出来にならなければいけないでしょう。わたしを昔亡くなられた母君と同様に思って下さい。結婚についてもあなたに御不満があるようではわたしも辛いのです」 など、いかにも誠意があるようにおっしゃいますので、玉鬘の姫君は困ってお返事を申し上げる気持にもなれません。とはいっても、あまり初心うぶ
らしく黙ってばかりいるのもみっともないと思われて、 「何のわきまえもない幼い頃から、親などはいないのを習慣に過ごして来ましたので、今更、親とはどのように考えたらいいのか見当もつきません」 と申し上げる態度が、いかにもおおらかなので、源氏の君は、なるほどもっともなこととお思いになって、 「それなら世間の譬たと
えに言うように、後の養い親を生みの親だとお考えになって、わたしの並々でない心の深さも、最後までよく見届けて下さいませんか」 などと、こまごまお話しになります。内心のほんとうの恋心などは、きまりが悪いのでとても口にお出しになれません。それらしい言葉は時折お話しの中にほのめかされるのですが、姫君は全く気づかない御様子なので、何となくため息をつかれてお帰りになります。 |
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