南の町の紫の上の御殿の築山のところから漕ぎ出して、中宮の御殿の前のお庭にさしかかった頃に、春風が吹いて瓶の桜が少しはらはらと舞い散りました。空はうららかに晴れて、春霞のたなびく間から、鳥や蝶の女童たちの一行が現れましたのは、いいようもなく風情のある優美な眺めでした。 出演者たちの控え室として、わざわざ幔幕
を張った仮屋などはこちらに移さず、御座所に通じる渡り廊下を楽屋のように使い、折りたたみの椅子いす
なども楽人用に用意させてあります。 女童たちが寝殿の階段の下まで進み、それぞれに花をさし上げます。僧に香を配る役の人々がその花を取り次いで、閼伽棚あかだな
に加えてお供えします。 紫の上からのお手紙は、源氏の君の御嫡男の夕霧の中将を使者として申し上げます。 |
花園の
胡蝶こてふ をさへや 下草したくさ
に 秋まつ虫は うとく見るらむ (美しい花園に舞う この胡蝶を見ても 下草のかげに隠れて 秋を待つ松虫はまだ 春をきらいなのだろうか) |
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中宮は御覧になって、あの紅葉の歌の御返歌なのだと、にっこりなさいます。昨日、船で春の御殿へ伺った女房たちも、 「ほんとにあちらの御殿の春の美しい風景には、とても勝てそうにもありませんでした」 と、花に酔ったようになって口々に申し上げています。鶯うぐいす
のうららかな鳴き声に、鳥の女童の舞楽がはなやかに加わって、池の水鳥もどこからとなくあちこちで囀り渡り、曲の終りの急調子になって鳴り止むのが、面白くて名残惜しいようです。胡蝶の女童の舞いは、鳥の舞にもまして、はかなそうにひらひらと飛び立って、山吹の垣根のもとに咲きこぼれた花蔭に舞い入ります。 中宮職ちゅうぐうしき
の次官すけ をはじめ、しかるべき殿上人たちが次々と御褒美の品々を取り次いで、女童たちに下さいます。鳥の女童には、桜襲さくらがさね
の細長ほそなが を、蝶の女童には山吹襲の細長を賜りました。まるで前々から用意してあったよ7な手順の良さです。専門も楽師たちには、白い袿うちき
の一襲ひとかさね や巻絹まきぎぬ
などを、それぞれの立場にふさわしくお与えになります。 夕霧の中将には、藤襲の細長を添えて、女の衣裳を肩にかけてお授けになりました。 中宮から紫の上へのお返事には、 「昨日はそちらへ御伺い出来なくて、羨ましさに声をあげて泣きたいほどでした」 |
胡蝶にも
さそはれなまし 心ありて 八重やへ
山吹を 隔てざりせば (来いという胡蝶に名に 誘われて思わず ついて行ったことでしょう そちらが八重山吹の垣で お隔てにならなければ) |
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とありました。すべてにすぐれていらっしゃる方々でも、こんな場合の歌はお得意ではないのでしょうか、あまり結構とは申し上げられないお詠みぶりのようでした。 そういえば、昨日春の御殿のお遊びを見物した女房たちの、中宮付きの人々には、紫の上から趣のある贈り物の数々を下されたのでした。でもそんなことまでくだくだしく書くのは、うるさいのでよしましょう。 |