初 音
(四) | まだ明けきらないうちに、源氏の君は南の御殿にお戻りになりました。明石の君は、こんな暗いうちから早々とお帰りにならないでもと思うと、お立ち去りになった後までも名残が惜しまれて、切なさが胸いっぱいになります。 待ちわびていらっしゃった紫の上はまた、怒っていらっしゃるに違いないとお心のうちが察せられますので気がひけて、源氏の君な、 「つい、いつになくうたた寝をして大人げなく眠りこけてしまったのを、こちらからは起しても下さらなかったので」 と、紫の上の御機嫌をおとりになるのもおかしく思われます。紫の上がろくにお返事もなさらないので、これはこと面倒と、源氏の君は狸寝
をきめこまれて、その日は日が高くなってから、ようようお起きになられました。 今日正月二日は、臨時の招宴の日で、客が多い忙しさにまぎらして、紫の上と、まともに顔を合わさないようにさけていらっしゃいます。 上達部かんだちめ
や親王方などが、いつものように一人残らず年賀に参上なさいます。音楽のお遊びをなさって、その後の引き出物や祝儀の品が、またとなく結構なのでした。たくさんお集まりになったお客たちが、自分も負けまいと立派に振舞っていらっしゃいますけれど、その中に源氏の君に多少とも匹敵するようなお方が一人としていらっしゃらないとは。一人一人別々に見ますと、この頃は諸道に精通した方々も大勢いらっしゃって、それぞれに巧者なのに、源氏の君の御前では気圧けお
されておしまいなのはだらしのないことです。物の数にも入らない下仕えの者たちでさえ、この六条の院に参上するには、格別に気を遣います。まして年若い上達部などは、今年は新しい姫君もいらっしゃいますから、ひそかにその姫への期待の思いもおありで、むやみに緊張なさっているのが例年とは様子が違っています。 花の香を誘う夕風がのどかに吹いていて、お庭先の梅もようようほころびはじめ、黄昏たそがれ
時には、さまざまの楽がく の音ね
もおもしろく聞こえます。 <この殿との
は、むべも、むべも富みけり> と催馬楽さいばら
の 「この殿は」 を謡い出す拍子がたいそう華やかです。源氏の君も時々お声をお添えになります。 <ささ草の、三つ葉四つ葉のなかに 殿造りせりや> という終わりのあたりなど、そのお声は惚れ惚れするほど結構に聞こえます。何につけても源氏の君が加わられますと、そのお光に引き立てられて、花の色香も、楽に音もたちまち一段と映えてくるその違いがはっきりとわかるのでした。 |
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