〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-Z』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻四) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/06/08 (水) 

玉 鬘 (二十)
年の暮れには、玉鬘の姫君のお部屋の、正月のお飾り付けや、女房たちの晴れ着などまで、源氏の君はほかの高貴な方々と御同列にしておあげになります。姫君の容貌は思いのほかに美しくても、趣味などは、やはり田舎臭く垢抜けしないのではないかと想像されます。何といっても田舎育ちのことだからと見くびられて、源氏の君はこちらで仕立ててあった衣裳も一緒に、姫君にさし上げました。そのついでに、織物の職人たちが、我も我もと、技巧をこらして織り上げて持参した細長ほそなが小袿こうちき の、色とりどりのを御覧になって、
「ずいぶんたたくさんあるものだね。どの方々にも恨みっこなしに公平に分けなければね」
と、紫の上に御相談なさいますと、紫の上は、御匣殿でお仕立てしたものも、こちらでお作りになったものも、みなお取り出しになりました。。紫の上は、染色や裁縫などもまた、たいそうお上手で、またとない色合いや、ぼかしなどをお染めになりますので、こんな方はこの世に得難い珍しい方だと源氏の君は感じいっていらっしゃいます。
あちらこちらのきぬた を打つ工場から、つや を打ち出してきた絹織物を源氏の君は見比べて御覧になり、濃い紫や赤などを、いろいろお選びになっては、衣裳櫃いしょうびつ や衣裳箱にお入れさせになります。年かさの上席の女房たちがお側にいて、これはいかが、あれはどうでしょうと、取り揃えては入れます。紫の上も御覧になって、
「どれも、優劣のないすばらしいもののようですから、お召しになる方のお顔にお似合いになるように、見立ててお上げなさいませ。衣裳がその人に似合わないのは、みっともないことですから」
とおっしゃいます。源氏の君はお笑いになって、
「それとなく、人の器量を推し量ろうという魂胆なのでしょう。では、あなたはどれが自分に似合うと思いますか」
と申し上げますと、
「そんなことおっしゃっても、鏡を見ただけではどうして決められましょう」
と、さすがにはにかんでいらっしゃいます。
紅梅の模様がくっきりと織り出された葡萄染えびぞめ の小袿と、今はやりの紅色のたいそうすばらしいのとは、紫の上の御召料に、桜襲さくらがさね の細長に、艶やかな薄紅の柔らかな絹を取り添えたのは、明石の姫君の御召料です。
薄藍色の布地に海辺の風物を図案化して織り出したのは、織り方はいかにも優美だけれど、地味な感じがします。それにたいそう濃い紅の掻練かいねり下襲したがさね を合わせて、夏の御殿の花散里の君に、曇りなく真っ赤な表着うわぎ に、山吹襲やまぶきがさね の鮮やかな黄の細長を添えたのは、あの玉鬘の姫君にと、源氏の君が選んでさし上げるのを、紫の上はさりげなく見て見ぬふりをしながら、心の内には、その衣裳から着る人の顔を想像していらっしゃいます。
内大臣が華やかで、ほんとうにおきれいでいらっしゃりながら、優美さといったろころが足りないのに、玉鬘の姫君はきっと似ていらっしゃるのだろうと推量しています。そうとは露骨にはお出しにならないけれど、源氏の君が御覧になりますと、内心ただならぬお顔色です。
「さあ、この衣裳でその人の器量を見立てるようなことは、された当人にとっては腹立たしいことかもしれないね。いくらきれいでも、衣裳の色合いには限りがあり、人の容貌は、美しくはなくても、やはり奥底に深みもあるものだから」
とおっしゃって、あの末摘花の君の御衣裳には、柳色の織物に、優雅な唐草の乱れ模様を織ったものを、わざわざお選びになりながら、それがあまりにもなまめかしいので、その不似合いさに、人知れず苦笑していらっしゃいます。
梅の折り枝に蝶や鳥の飛びちがっている唐風の異国的な白い小袿に、濃い紫の艶やかなのを重ねて、明石の君にとお選ぶになります。その衣裳から、いかにも気品の高い人柄が想像されて、紫の上は御機嫌を損ねていらっしゃいます。二条の東の院に引き取られて、ずっと源氏の君のお世話を受けている、あの空蝉うつせみ の尼君には、青鈍色あおにびいろ の織物の実に趣味のいいのをお見つけになって、御自分の召料の中から梔子色くちなしいろ のお召物に、薄紫色のをお加えになります。この衣裳を同じ元旦にお召しになるよう、どなたにも漏れなくお手紙をおやりになります。それぞれの女君たちのよくよくお似合いになった晴れ着姿を御覧になろうとのお心づもりなのでした。
源氏物語 (巻四) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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