〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-Z』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻四) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/06/07 (火) 

玉 鬘 (十九)

姫君が難点のないお人柄だったのを、源氏の君は喜ばれて、紫に上にもお話しになります。
「ああいう田舎者の中で長年暮らしてきたので、どんなに見すぼらしいだろうと見くびっていたところ、かえってこちらが気恥ずかしくなるようないい娘でしたよ。こんな娘がいることを、なんとかして世間に知らせて、兵部卿ひょうぶきょうみや などが、この六条の院を気に入って来られる気分をいっそうかきたててあげたいものだ。色好みの連中が、ひどく真面目くさった顔つきでこの邸にやって来るのも、こういう気持をそそられるような若い娘がここにいないからですよ。この姫君を存分に大切にして世話してみたいものだ。そうして、とりすましてばかりもいられなくなる人々の様子を見くらべてやろう」
と言われるので、紫の上は、
「変な親御ですこと。何よりも先に男の方の気持をそそるようなことをお考えになるなんて、悪いお方」
とおっしゃいます。源氏の君は、
「ほんとうはあの当時、わたしが今のような気持だったら、なたをこそ、そんなふうに扱って、男を迷わすようにしてみるのだった。全くあの時は深い心もなく、なたを平凡な妻にしてしまったものですよ」
と、お笑いになります。紫の上が恥ずかしがって顔を赤らめていらっしゃる風情は、たいそう若々しく美しく見えます。源氏の君がすずり を引き寄せられて、手すさびに、

恋ひわたる 身はそれなれど 玉かづら いkなる筋を 尋ね来つらむ
(夕顔を恋いつづけている わたしは昔のままだけど あの娘は玉鬘のよう7な どの筋をたどって わたしを尋ねてきたのやら)
とお書きになり、
「何という因縁か」
と、そのまま独り言をつぶやかれるので、紫の上は、たしかに深く愛された方の忘れ形見なのだろうとお察しになります。
夕霧の中将にも、源氏の君は、
「こういう人を探し出して来たから、よく気をつけて仲よくしてやってほしい」
とお知らせになります。夕霧の中将は玉鬘の姫君の所にお出かけになって、
「つまらない者ですが、こういう弟がいると、誰よりも先にお呼びつけ下さるべきでした。お引越しのお手伝いもせずに失礼いたしました」
と、いたって真面目な御挨拶をなさいますので、事情を知っている女房はお気の毒で気恥ずかしくなります。
筑紫でのお住居も、それなりに精いっぱいぜい を尽くしていたものの、今思えば、何という田舎臭さであったことかと気が付いて、この六条の院と比べたら雲泥の差だと分かりました。お部屋の調度からはじめ、はなやかに上品に飾り、玉鬘の姫君が、親や兄弟としてお親しみになる方々のお姿や、御器量まで、目もくらむほどにお美しく御立派に思われます。今では、あの三条も、太宰の大弐などはつまらないと思うのでした。まして大夫たいふげん の鼻息や見幕は、思い出してもたまらなくぞっとします。
豊後の介の忠義な心根ここね を、稀に見るものと玉鬘の姫君はお気づきになり、また右近もそう思って、口にします。
源氏の君は、何事もいい加減にしておいては、不行き届きなこともあるだろうとお考えになり、姫君付きの家司けいし たちを任命して、必要ないろいろな指図をおさせになりました。この時豊後の介も家司に任じられました。長年田舎に埋もれてみじめな思いをしていたのに、急に心も名残なく晴々しました。
「かりにも自分などが出仕して、目にすることの出来るような御縁のある筈がないと、思いもよらなかった源氏の君の御邸内に、朝に夕に出入りして、人を従えて采配を振るうような身の上になったのは、何という晴れがましい名誉なことか」
と思っています。源氏の君の御配慮が、こまやかに行き届いて申し分のないことは、ほんとうにもったいないことでした。
源氏物語 (巻四) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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