玉 鬘
(十八) | その夜は早速、源氏の君は、姫君の所へお出かけになりました。乳母たちは昔から、光源氏というお名前は、始終噂にお聞きしていてはいたものの、長年都の暮しに縁のない田舎住まいをしてきましたので、まさかそれほどのお方とは思いもかけなかったのでした。それだけに、ほのかな灯火の光に、几帳
の帷子かたびら の隙間からちらと拝見した源氏の君のお姿の、あまりのお美しさに、思わずぞっとするほど恐ろしいとさえ感じたのでした。 源氏の君がお越しになる方の妻戸を、右近がすっかり押し開けますと、 「この戸口から入れる人は、何だか恋人のような気分になるね」 とお笑いになって、廂ひさし
の間ま のお席に膝をおつきになって、 「この灯ひ
までほの暗くて、たいそう色めいた感じがする。親の顔は見たいものだと聞いているが、そうはお思いになりませんか」 と、几帳を少し押しやられます。姫君はたまらなく恥ずかしくて、顔をそむけていらっしゃる御様子が、難のつけようもなく美しいので、源氏の君はすっかり嬉しくなられて、 「もう少し、灯を明るくしてはどうか、これでは、あまりにももったいぶりしぎる」 ろ仰せになります。右近は灯心をかきたてて、少し姫君に近づけました。 「これはまた、無遠慮な人だね」 と少しお笑いになります。いかにもあの夕顔の君の面影を伝えられた目もとのお美しさ、源氏の君は少しも他人行儀によそよそしい口ぶりはなさらず、すっかり父親気取りで、 「長い年月行方も分からず、心にかけない折もなく、心配して嘆いていましたが、こうしてお逢い出来たにつけても、夢のような気持がして、過ぎ去った昔のこともいろいろ思い出されます。もうこらえきれないほど悲しくなり、何もお話しが出来なくなりました」 と、涙をお拭きになります。ほんとうに昔のことが悲しく思い出されるのでした。源氏の君は姫君のお年を数えられて、 「親子の仲で、こんなに長い間別れ別れになって、年月が過ぎてしまった例もないことでしょうね。前世からの因縁も恨めしくなります。今はもう、そんなに恥ずかしがって、子供のようにしていらっしゃるお年頃でもないでしょう。長年のつもる話も申し上げたいと思っているのに、どうしてそんなにはにかんでばかりいらっしゃるのですか」 と恨み言をおっしゃるので、姫君はお返事のしようもなく恥ずかしくて、 「まだ歩くことも出来なかった小さい頃に、遠い辺境にさうらって行きましてから後は、何もかもあるのかないのか、はかない夢のような有り様でして」 と、ほのかにお答えする声が、昔の母君にまことによく似ていて若々しく感じます。源氏の君は思わずほほ笑まれて、 「田舎にさすらって苦労なさったことを、可哀そうにと思う人も、今はわたしのほかに誰がおりましょう」 とおっしゃって、心づかいも気の利いた姫君のお返事だとお思いになります。右近に姫君のためにしてさしあげることを、いろいろお指図なさって、お帰りになりました。 |
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