〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-Z』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻四) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/05/28 (土) 

乙 女 (二十一)

源氏の君、閑静なお住まいを、どうせならうんと広く見た目にも立派に造り、別々に住んでいるため、めったに逢えない山里の君なども、集めて一緒に住まわせようと御計画なさいます。
六条京極のあたりの、梅壺の中宮の伝領なさったふる いお邸の周辺の、四町ほどの土地を、御用地として、新邸を御造営になります。
式部卿しきぶきょうみや が、来年はもう五十歳におなりなので、父宮の五十の御賀のことを、紫に上が御準備していらっしゃいます。源氏の君も、これは知らぬ顔も出来ないことだとお思いになって、その御賀のお支度も、同じことなら新築のお邸でしたいと、造営をお急がせニなります。
年が改まってからは、いよいよ御賀のお支度のこと、当日の法会の後の精進落としのこと、楽人がくにん舞人まいびと の選定などを、源氏の君はたいそう御熱心にいそがしく準備なさいます。御賀の法要に供養する経や、仏像の飾りつけ、その日の御装束や、参会者への引き出物などについては、紫の上が御用意なさるのでした。
東の院の花散里の君のところでも、いろいろ分担して準備のお手伝いをなします。このお二人の仲は、以前にも増して、実に優雅に、おつきあいしていらっしゃいます。
世間がこぞって御賀の御準備のことで大騒ぎしているのを、式部卿の宮もお耳になさって、
「これまで長年、源氏の君は世間の人々に対して、誰にでもお慈悲を施していらっしゃったのに、この宮家に関しては、ずいぶんと心外なほど冷たいお扱いで、何か事ある毎に、みじめな思いをさせ、わが家に仕えている人々にもお心遣いがなく、ひどいお仕打ちばかりが多いので、わたしを憎みお恨みになることでもあるのだろう」
と、おいたわしくも、また、辛くも思っていらっしゃいました。また一方では、あれほど大勢お世話なさる女君がいらっしゃる中で、紫の上は格別に御寵愛が深く、世にもつかしくすばらしいお方として、大切にかしずかれていらっしゃるので、その御宿運の余慶がたとえ里方の宮家にまで及ばないにもせよ、晴れがましく名誉なこととお思いになるのでした。その上また、これほど十分過ぎるまでに御自分の御賀のことを世間の大評判になるまで盛んに御準備下さるのは、思いも掛けない晩年の栄光と喜んでいらっしゃいます。北の方はそれが御不満で、不愉快だとばかり思っていらっしゃいます。
それは自分の娘の女御の入内の時などにも、源氏の君は何のお心遣いもして下さらなかったことを、今もいっそう恨めしいと、心の底から思っていらっしゃるからなのでしょう。
八月には、六条の院のおん造営がすっかり完成して、お引越しになりました。
西南の町は梅壺の中宮がもともと伝領だれたお邸なので、そのまま中宮のお住まいになる筈です。
東南は源氏の君と紫の上のお住まいになる町です。東北は二条の東の院にいらっしゃる花散里の君、西北の町は、明石の君とお決めになっておかれます。もとからあった池や築山も、具合の悪い所にあるのは崩して移し変え、遣水の流れや、池や、築山の形まで変えてしまって、四つの町それぞれに、住む女君たちのお好みに合わせてお造らせになりました。

源氏物語 (巻四) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
Next