乙 女
(二十) | 夜はすっかり更けてしまいましたけれど、こうしたついでに、弘徽殿の大后
のいらっしゃる御殿を避けて、素通りなさいますのも心もとないと思し召して、帝はお帰りがけにお立ち寄りになります。源氏の君も御一緒にお供申し上げました。大后はお待ち申し上げていられて、たいそうお喜びになり、御対面になります。大后のずいぶんひどくお年をお召しになられた御様子にも、源氏の君は亡き藤壺の宮をお思いだし遊ばされて、このように長生きなさるお方もいらっしゃるものをと、残念に思し召されます。 「今はもうこんあにすっかり年を取ってしまって、何もかも忘れておりましたのに、よくまあ畏れ多くもお訪ね下さいましたこと。それにつけても今更のように、桐壺院の昔の御代のことが思い出されてなりません」 と、大后はお泣きになります。帝は、 「おお頼りするべき御方方に次々先立たれてしまいました後には、春の訪れも分からなかったほどの悲しい思いでございましたが、今日は大后にお目にかかれて、心も晴れやかに慰められました。これからはまた度々お伺いいたしましょう」 と仰せられます。源氏の君も適当な御挨拶を申し上げて、 「改めてまたお伺いいたしましょう」 とおっしゃいます。ごゆっくりもなさらずにお帰りになる御威勢を御覧になるにつけても、大后のご心中は、やはりまだ穏やかではなく、源氏の君をい憎しみになった昔のことを、どのように思い出しになられたことでしょう。所詮源氏の君が天下をお治めになるという御運は、どうしても消すことが出来なかったのだと、昔のことを後悔なさるのでした。 朧月夜おぼろづきよ
の尚侍ないしのかみ の君も、静かに昔のことを思い出してご覧になりますと、しみじみと感慨無量のことが多いのでした。今もまだ、何かの折々には源氏の君から、ひそかにお便りが届けられることは続いているようです。また、大后は帝に奏上なさることがある度毎に、朝廷から御下賜の年官年爵や、その他のあれやこれやにつけても、お気に入らない時には、長生きしたばかりに、こんな情けない目にあうことよと口惜しがり、御自分の全盛だった昔を取り返したくて、何かにつけても気難しくおむずかりになるのでした。お年をとられるにつれて、口やかましさも益々ひどくなって、朱雀院も御機嫌を取りかねて、持て余していらっしゃいます。 さて大学に学ばれる夕霧の君は、その行幸の日の勅題の詩文を、見事にお作りになって、文章もんじょう
の生しょう におなりになりました。その日は、長年大学で学んだ学才のある者たちを御選抜になりましたが、及第した人は、わずか三人だけでした。 秋の司召つかさめ
しには、従五位に昇進されて、侍従におなりなさいました。雲居の雁の姫君のことは、忘れる時もありませんけれど、内大臣が必死に監視していらっしゃるのも恨めしいので、無理な都合をつけてまでもお逢いしようとはなさいません。御手紙ばかりを、適当な折々に差し上げられて、どちらもお気の毒なお二人の間柄なのでした。 |
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