若君はその後、惟光の娘にお手紙さえおやりになれません。それにもっとも大切な雲居の雁の姫君のことが心にかかって、日が経つにつれて無性に恋しいその面影に、もう一度会うことが出来ないのかろ悲しむほかに、心のゆとりもありません。 大宮の御許へも、何となく気が重くてお出かけになりません。姫君の住んでいられたお部屋や、長い年月、一緒に遊び馴れた所ばかりを、しきりに思い出されることが多いので、大宮のお邸までが悩みの種に思われて、また東の院の学問所に籠りきっていらっしゃいます。 源氏の君はこの東の院の西の対にお住まいの花散里の君に、若君のお世話をお頼みになりました。 「大宮の御寿命もそう長くはないようですから、大宮がお亡くなるになった後も、先々までお世話をしてやって下さい。そのためにも、今のように幼い時からずっと面倒を見慣れておいていただいた方が」 と、申し上げますと、花散里の君は、いつも源氏の君のお言葉通りに従われる御性分なので、やさしく愛情を込めてお世話をなさっていらっしゃいます。 若君はそのお方をちらとお見かけするにつけても、 「お顔立ちはそんなにおきれいではないお方だな。こんな人でも父君はお見捨てにならなかったのだ」 などとお思いになり、 「自分が恨めしく思っているあの人の面影を、また一途に心にかけて恋しがっているのも、我ながら味気ないことだ。性質がこのお方のように柔和な人があれば、そんな人とこそ愛し合いたいものだ」 と思います。 「そうかといって、面と向かって見る張り合いもおこらないような不器量なのも、相手が可哀そうな気がする。こうして長年このお方と連れ添っていらっしゃるけれど。父君はこの方を、そんな御器量や御性質と御承知の上で、几帳などを隔てて何やかやとまぎらわして、顔を見ないように心がけていらっしゃるらしいのも、ごもっともなことだ」 と思う若宮の心は、大人も顔負けしそうなほどでした。大宮は尼姿にこそなっていらっしゃるけれど、まだとてもお美しくていらっしゃるし、こちらでもあちらでも、どこへ行っても女の人は器量が美しいものだとばかり若君はいつも見馴れていらっしゃいます。それなのに花散里の君は、もともと不器量の上、少し女盛りを過ぎた感じで、痩せすぎてお髪
も少なめになっていらっしゃることなど、ついこんなふうに難をつけたい気持にもなるのでした。 |