乙 女
(十二) | 大宮から姫君へのお手紙に、 「内大臣はわたしをお恨みにもなりましょうが、あなたは、どんなことになっても、わたしの気持が分かっておいでになるでしょう。どうかこちらへいらっしゃって、お顔を見せて下さい」 と、ありましたので、姫君はたいそう美しく身なりを着飾って、大宮の所にお越しになりました。今、姫君は十四歳におなりでした。まだ見るからに未熟でいらっしゃるけれど、たいそうおっとりと、しとやかで可愛らしい様子でいらっしゃいます。大宮は、 「これまでわたしの側
から片時も離さず、あなたを明け暮れ楽しいなぐさみ相手にと思い込んで来ましたのに、これからはどんなに淋しくなることでしょう。もう余命もいくばくもない年になって、あなたの行く末を見届けることは出来ないだろうと、自分の寿命の短さを嘆いておりましたのに、今さらわたしを見捨ててどこへお移りになるのかと思えば、ほんとうに悲しくてなりません」 と、お泣きになります。 姫君は、若君とのことを恥ずかしく思っていらっしゃるので、顔もあげられず、ただもうひたすら泣くばかりでした。しこへ、若君の御乳母の宰相の君が出て来て、 「わたくしは姫君を若君と同じ御主人と思ってお頼りにしてまいりました。それなのに残念なことに、こうしてあちらへお移り遊ばすとは、内大臣様が他の方との御縁談をおすすめになりましても、そんなお考えに言いなりになりませんように」 などと、ひそひそ囁きますので、姫君はますます恥ずかしがって、ものもおっしゃいません。 大宮は、 「さあもう、そんな難しいことは申し上げないように。人の運命はそれぞれで、とても自分では決められないのだから」 と仰せになります。それでも宰相の君は、 「いえ、内大臣様には、若君をきっと一人前らしくないとあなどっておいでなのでございましょうよ。今は若君もたしかに六位ですけれど、おっしゃるように、わたしどもの若君が他の人にひけをおとりになる方かどうか、どなたにでもお聞き合わせ下さいまし」 と、無性に腹が立ってくるのにまかせて言いつのります。 夕霧の若君は、物陰に隠れて居て、姫君を見ていらっしゃいました。何でもない時なら人に見咎められても気になりませんが、今はただもう心細くてたまらず、涙を拭っていらっしゃいます。その様子を、乳母の宰相の君は、たまらなく可哀そうに思って、大宮に何かとうまく言いつくろって、夕まぐれの、まわりがばたばたして人が忙しく動いているのにまぎれて、お二人をお逢わせになりました。 お二人はお互いに恥ずかしくて胸がどきどきするので、ものも言わずにただお泣きになります。若君は、 「内大臣のお気持があんまりひどいので、もういっそ諦めてしまおうかと思うけれど、あなたと逢えなくなると、さぞ恋しくてたまらないでしょう。いつでも逢い易かったこれまでの間に、なぜもっとお逢いしておかなかったのだろう」 とおっしゃる御様子も、とても子供っぽく痛々しそうに見えます。姫君も、 「わたしだって、すっかり同じ気持ですわ」 とおっしゃいます。若君が、 「恋しいと思って下さいますか」 とお尋ねになりますと、姫君がかすかにうなずいていらっしゃる御様子も、いかにもあどけないのです。 |
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