姫君は何も気がついていらっしゃらないのを、内大臣がおのぞきになりますと、ほんとうにいじらしく可憐なお姿なので、しみじみあわれにお感じになります。 「いかに年端のいかぬ人とはいえ、心がこれほど幼稚で慎重でないとは知らず、本気で東宮に入内させようなどと考えていたわたしの方こそ、姫にもまして浅はかだったのだ」 とおっしゃって、乳母
たちを責めてお叱りになりますが、乳母たちはお返事の言葉もありません。 「こうしたことは、この上もなく大切にかしずかれた帝の姫宮さえ、つい過ちをおかしてしまうという例が、昔の物語にもあるようですよ。それはお互いの気持を知った女房が、隙すき
を見て取り持つからでしょう。ところがきちらの場合は、長い年月お二人が明けても暮れても、いつも御一緒にお育ちになったのですもの、それにまだ幼いお年頃の方なのだし、大宮のお躾しつけ
をさしおいてわたしどもが出しゃばって、お二人の仲を遠ざけることなどはとても出来ませんよ。気を許してついうっかり見過ごしてしまいました。それでも一昨年おととし
あたりからは、何かにつけ、はっきりとお二人を別になさるようでしたけれど、まだ年端もいかない人でも、こっそり人目を忍んで、なんとしたことか、色めいたことをする人もいるようですが、それにひきかえこの若君は、夢にもふしだらなところのない生真面目一方のお方のようなので、まさかこんなことになるとは、まるで思いもかけないことでしたわね」 と、お互いに嘆きあっています。内大臣は、 「もうよい。当分、こんなことを外に洩らさぬように。どうせ隠しきれることではないが、せいぜい気をつけて、せめてそんな話しは嘘だと言い張って欲しい。近いうちに姫はわたしの方に引き取ろう。それにしても大宮のお気持は実に恨めしい。お前たちは、まさか、二人が仲良くなればよいなどと望んだわけでもないだろうな」 とおっしゃいますと、乳母たちは困ったことだと思いながらも、自分たちの責任は一応逃れた嬉しさに、 「まあ、ひどい。もしもこのことが按察使あぜち
の大納言様のお耳に入ったらどうしようかとまで、心配しているのですもの、お相手がいくら御立派でも、ただの臣下では、どうして結構な御縁などと思ったりいたしましょう」 と申し上げます。 姫はほんとうにまだ子供っぽくて、いろいろ御注意してみても、さっぱりお分かりになりそうもないので、内大臣は思わず涙をこぼされて、この姫君が将来つまらない身の上にならないようにする方法はないものかと、ひそかにおもだった乳母や女房たちと御相談になっては、ただもう、大宮ばかりをお恨みしていらっしゃいます。 大宮は孫たちをほんとうに可愛いと思っていらっしゃるなかにも、姫君よりも若君への愛情が強いのが、こうした恋心が若君におありだったのさえ、可愛らしいとお思いになられます。それなのに、内大臣がやさしい思いやりもなく、一途にもっての外のようなこととおっしゃるのを、 「なぜ二人の仲がいいのが、そんなにいけないことなのだろ、内大臣はもともと姫君をさほど可愛がっていらっしゃったわけでもなく、こうまで大切に育てようともお思いでなかったくせに、わたしがこうしてお世話するようになったからこそ、東宮にさし上げることも思いつかれたのでしょう。その望みも外れて臣下と結ばれる宿縁があるとすれば、この若君にまさる人が他にあるだろうか。容姿や態度をはじめ、この若君と並ぶ人がいるものですか。この姫君などが足許にも及ばないような高貴な姫君とでも、ふさわしい若君だと思いますよ」 と若君への愛情が深いせいか、内大臣を恨めしく思っていらっしゃいます。そんな大宮の本心を内大臣にお見せになったなら、なおさら内大臣はどんなにか大宮をお恨みになることでしょう。
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