姫君はあちらのお部屋にお返しになりました。内大臣は強
いて若いお二人の仲を隔てるようになさり、姫君のお琴の音さえ若君にはお聞かせすまいと、今は出来るだけ引き離されようとなさるのを、 「そのうちきっと、お気の毒なことが起こりそうなお二人ですわね」 と、お側近くお仕えしている大宮ずきの年かさの女房たちが、ひそひそ囁ささや
き合っているのでした。 内大臣はお帰りになるふりをして、ここのある女房の部屋に忍んでおいでになったのですが、そっと身をすぼめて抜け出ようとなさる途中で、女房たちがこんなひそひそ話しをしているのを聞かれて、不審にお思いになりました。いっそう耳をすませてお聞きになりますと、御自分の噂をしているのです。 「内大臣はいかにも賢いおつもりでいらっしゃるようだけど、やはり親馬鹿だわね。この分ではそのうちきっと困ったことが起こるでしょうよ。
<子を知るは親にしかず> なんてどうも嘘みたいね」 などといって、つつき合っています。 「情けないことだ。やはりそうだったのか。全然考えつかないことではなかったが、まさか、まだ子供だとばかり思って油断していた。世の中はつくづくいやなものだなあ」 と、何もかもすっかり事情をお悟りになりましたが、そのまま音もたてないで邸をお出ましになりました。 やがて聞こえて来た内大臣の重々しい前駆の声に、女房たちは、 「まあ、殿はたった今お帰りになったのですわ。今までどもに忍んでいらっしゃったのかしら。あのお年になってもまだ、こんな浮気心をお持ちだなんて」 と話し合っています。さっきの内緒話をしていた女房たちは、 「とてもいい匂いが衣きぬ
ずれの音につれて伝って来たのは、若君がそばにおいでなのだとばかり思っていたのに、まあ、怖こわ
い。わたしたちの陰口をうすうすお聞きになったのではないかしら、殿は面倒な御気性なのに」 と、みんなで心配しあっています。 内大臣はお帰りの道々、 「二人の縁組は、全くお話しにならない程でもないけれど、いかにもありふれたつまらない関係だと、世間で噂することだろう。源氏の君が、無理にも弘徽殿の女御を圧おさ
えこんでしまわれるのも口惜しいので、もしかしてこの姫を入内させたら、人にまさる幸運も得られようかと期待していたのに、残念なことになってしまった」 とお考えになります。源氏の君との御仲は、一通りは昔も今もしっくりいっていらっしゃるものの、こうした競争になりますと、さきに立后争いで張り合ったしこりも、あれこれ思い出されて、面目ない御気分になり、寝覚めがちに夜をお明かしになりました。 「大宮もそんな二人の親しいそぶりは気づかれていただろうに、目に入れても痛くないほど可愛がっていらっしゃる孫たちなので、気ままにさせておいたのだろう」 とお考えになると、さっきの女房たちが話していた口ぶりが心外で、いまいましくお腹立ちになります。すると興奮なさって、もともと男らしく、きっぱりと物事のけじめをおつけになる御性分なので、お怒りを静められないのでした。
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