朝 顔
(七) | 御兄弟の君たちはたくさんいらっしゃいましたけれど、御同腹ではありませんので、よそよそしい御関係で、お邸もひっそりとさびれてゆきます。それにつけても、あのような御立派な源氏の君が熱烈にお心を寄せていらっしゃるので、女房たちもみな、心を合わせてそちらのお味方を申し上げるのは、誰の願いも同じだと見えます。 源氏の君はそうむやみに苛立っていらっしゃるわけでもないのですが、朝顔の姫宮の薄情な御態度が口惜しいので、このまま引き下がってしまうのもいまいましいと思っていらっしゃいます。 また一つには、源氏の君は、御人品といい、御声望といい申し分なく、物事の分別もよくわきまえておいでなので、世間の人情の細かい襞
にも精通していられて、お若い頃よりはずっと経験を積まれたと御自身もお考えです。それだけに今更の浮気沙汰は、世間の非難も憚られるのでした。しかしまた、 「この恋が成就しなければ、いよいよ世間の物笑いの種になるだろう、いったいどうしたものか」 と心が乱れるばかりでした。 そんなわけで、二条の院の紫の上にも、ついつい御無沙汰の夜が重なります。紫の上は冗談ではすまされないお気持になり、こらえてはいらっしゃるけれど、思わず涙のこぼれる時もあるのでした。 源氏の君が、 「なんだかいつもとは違って様子が変なのは、どうかしましたか」 とおっしゃって、紫の上のお髪ぐし
をかきやりながら、さも愛いと
しそうになさる御様子は、絵にも描きたいようなお美しいお二人です。 藤壺の尼宮がお崩かく
れになってからは、帝がたいそうお淋しそうになさっていらっしゃるのが、おいたわしくてなりません。太政大臣もいらっしゃいませんので、政務を任せる人もいないためいそがしいのです。それでこの頃つい留守がちなのを、これまでにないことと、恨んでいらっしゃるのはもっともだし、可哀そうですが、いくら何でも、もう今はあんしんしていらっしゃい。あなたはもう大人になられた筈なのに、まだ一向に思いやりがなくて、わたしの心もお分かりにならないようなところが、また可愛らしくて」 と涙に濡れてもつれている紫に上の額髪をつくろっておあげになります。紫の上はいっそう顔をそむけて、ものもおっしゃいません。 「ほんとうにこんなに子供っぽく聞き分けがないのは、いった誰が躾しつ
けたのでしょう」 とおっしゃって、はかない無常のこの憂き世で、この可愛い人にこうまで恨まれるのは、なんというつまらないことかと、一方ではしみじみ物思いに沈んでいらっしゃいます。 「前斎宮にたわいないことを申し上げるのを、もしかして何か勘違いをしておいでなのではありませんか。それならひどい見当違いですよ。そのうち自然におわかりになるでしょう。あの方は、昔から、色恋などにはいたって無関心な御性質ですから、何となく淋しい気分の折々に、恋文めかしたお手紙をさしあげて困らせてあげますと、あちらも退屈していらっしゃるので、時たまのお返事など下さるけれど、もちろん本気ではないので、実はこういうわけでなど、あなたに泣き言ごと
をいうようなことでしょうか。心配することは何もないのですよ。思い直してください」 などと、日がな一日、御機嫌を取り結んでいらっしゃいます。 |
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