朝 顔
(四) | ある夕暮のこと、今年は諒闇
のため、宮中の神事もなくてもの淋しく、源氏の君は所在なさを持て余されて、例によって五の宮の所をお訪ねになります。 雪がちらついている何となくなまめいた黄昏時たそがれどき
に、着なじまれてほどよくしなやかになったお召物に、いつにもまして香を薫た
きしめられて、一日がかりで格別念入りに身だしなみをなさいました。 そのお美しさは、気の弱い女ならどうして靡かずにいられようかと思われるほどでした。 それでもさすがに、紫に上にはお出かけの御挨拶はなさいます。 「女五の宮のお加減がお悪いそうですから、お見舞に伺います」 と、ちょっと膝をついておっしゃるのに、紫の上は目を向けようともしません。姫君をあやして気づかぬふりをしていらっしゃるその横顔が、いつもとちがってとがっているので、 「妙にこの頃は御機嫌が悪いですね。わたしは悪いことなど全然していませんよ。あまり見馴れて見栄えもせずあなたに飽かれはしないかと、わざと絶え間をおいているのですよ。それをまた、どんなふうに邪推していることやら」 などと申し上げますと、紫に上は、 「馴れてしまうのは、たしかに厭いや
なことの多いものですわね」 とだけおっしゃって、背を向けてうち伏していらっしゃいます。このまま出かけてしまうのも気がかりだけれど、女五の宮にはお訪ねすとお手紙をさしあげてあったので、お出かけになってしまわれました。 こんなことも起こるはかない夫婦の仲だったのに、何とのんきに暮らしてきたことかと、紫に上は思いつづけながら横になっていらっしゃいます。 源氏の君は鈍色にびいろ
の喪服をお召しですが、濃淡の色の重ねの調和がかえってすばらしくて、雪の光に映えてこの上なく優艶な美しさです。紫の上はそのお姿をお見送りして、ほんとうにこれ以上、身も心も離れておしまいになったらと、悲しさがこらえきれなくなるのでした。 前駆などもできるだけ少なくして、 「参内する以外の出歩きも億劫おっくう
な年になってしまった。桃園の女五の宮が心細そうにお暮しになっていられるのを、今までは式部卿の宮にお世話をお任せしておいたのだが、女五の宮がこれからはよろしくなどわたしを頼りになさるのもごもっともだし、おいたわしいものだから」 など、女房たちにも弁解なさいますけれど、 「さあ、どうですか。浮気な御性分がいつになってもおなおりにならないのが、玉に疵きず
というものかしら、今に軽率なはしたないことも起こるのではないかしら」 と、女房たちはつぶやきあっています。 |
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