「お慕いする気持の耐え難い折々もあるのです」 と申し上げますのに、女御は何とお返事のしようがありましょう。おっしゃることがよくわからないというふりをなさいます。 このついでに、源氏の君はお胸の思いをこらえかねて、いろいろと切ない怨み言を訴えられもなさったことでしょう。もう一歩踏み込んで困ったこともなさりそうなところでしたが、女御がそんな源氏の君をたいそう厭わしくお思いなのも、もっともですし、源氏の君御自身のお心にも年甲斐もなく怪
しからぬことと反省なさって、溜め息をついていらっしゃいます。その御様子が奥ゆかしく優雅にお見えるになるのさえ、女御にはかえって疎ましくお感じになられます。少しずつそっと奥の方へお引きとりになった御気配なので、源氏の君は、 {情けないまでにすっかりわたしをお嫌いになられたものですね。ほんとうに思慮の深い方は、そんな冷たい態度はなさらないものですよ。まあいいでしょう。でもこれからはお憎みにならないで下さい。でないとどんなにか辛いことでしょう」 とおっしゃって、お帰りになりました。 そのあとにしっとりした源氏の君の薫物たきもの
の匂いが残っているのまでも、女御はおぞましくお思いになります。女房たちは御格子などもおろして、 「このお敷物の移り香の、何とも言いようがないこと。どうしてこうも何から何まで揃っていらっしゃるのかしら」 「柳の枝に梅や桜の花を咲かせたようなお方というのは、こういうお方なんですね。ほんとうに空恐ろしいような」 と、お噂しあっています。 |