普通よりも黒い喪服をお召しになって地味にしていらっしゃる帝のお顔立ちは、源氏の君に生き写しで瓜二つなのです。帝もこれまで鏡を御覧になってそのことにお気付きでしたが、僧都の話をお聞きあそばされてからは、また改めて源氏の君のお顔をしげしげと御覧になりながら、お胸が格別切なくおなりでたまりません。どうかして秘密を知ってしまったことを、それとなくお打ちあけになりたいとお思いになりますけれど、さすがに源氏の君が恥ずかしくお思いなさるにちがいないので、お年若なお心には御遠慮があって、軽くは申し上げかねていらっしゃいます。ただ当たり障りのない世間話などをいろいろと、いつもよりはとりわけ親しそうになさいます。 帝が妙に畏
まった御態度をおとりになり、いつもとはたいそう御様子が違っていらっしゃるのを、賢明な源氏の君のお目にはおかしいと御覧になられましたが、まさかこれほどまで、帝がはっきりとその秘密をお耳にされたとは思いもよらないのでした。 帝は、王命婦にくわしいことをお尋ねになりたく、 「今更に、亡き母宮があれほど秘密にしていらっしゃったことを知ってしまったと、王命婦にも思われたくはないし、それでも源氏の君にだけは何とかしてそれとなくお尋ねして、これまでにもこうした事例は歴史の中にあったのか、聞いてみたい」 とお考えになりますが、そうした機会が一向にないので、ますます学問に打ち込まれて、様々の書物などで調べて御覧になります。そうした書物によれば、唐土では公然のこととしても、秘密のこととしても、帝王の血筋の乱れている例がたいそう多いのでした。しかし日本には、そういう例はさらさら発見なさることは出来ませんでした。 たとえもしわが国にそれがあったとしても、このように隠し通された秘密が、どうして後世こうせい
に伝わり知るすべがあるでしょうか。 帝の皇子が臣下になり、一世の源氏となって、また納言、大臣になった後に、さらに親王宣下しんのうせんげ
を受けてから、帝位にお即つ きなさった例はたくさんあるのでした。源氏の君のお人柄が優れていらっしゃることを理由にして、そんなふうに御位をお譲り申し上げようか、などと、帝はさまざまにお考えなさるのでした。 秋の司召つかさめ
しには、源氏の君を太政大臣に御就任させるよう御内定されたついでに、帝はかねてお考えの御譲位のことを、源氏の君にお漏らしになれれました、君は目もあげられないほど恥ずかしく、この上なく恐ろしく思われて、そんなことは断じてなさるべきことではないと奏上し、御辞退申し上げました。 「亡き桐壺院のお気持では多くの御子たちのなかで、とりわけわたくしを御寵愛下さりながらも、御位を譲ろうとはゆいにお考えになられなかったのです。どうしてその御意向にそむいて、及びもつかぬ帝位に即くことが出来ましょうか。ただ桐壺院のお決めになられた通りに、臣下として朝廷にお仕えして、もう少し年をとりましたなら、出家して心静かな勤行ごんぎょう
の日々を過ごしたいと考えております」 と、常々のお言葉と変わらないことを奏上なさいますので、帝はたいそう残念にお思いになられます。 太政大臣に任ずるという御沙汰がありましたが、源氏の君はもうしばらくはこのままでとお考えになって御辞退しました。ただ御位だけが一段昇進して牛車うしぐるま
を許されて、車のまま参内や退出をなさいます。帝はそれを物足りなくも畏れ多くも思し召して、やはり親王におなりになるようにと仰せになりますが、 「そうなれば政治の御後見をする人が外にはいなくなる。権中納言が大納言に昇進して、右大将を兼任しているものがもう一段昇進されたら、その時こそ、政務をすっかりこの方に譲ってしまおう。その上で、ともかくも出家して自分は閑静な生活に入りたい」 と、お考えになります。 なおいろいろ御思案をめぐらされますと、亡き藤壺の宮の御ためにもお気の毒なことであり、また帝がこのように悩んでいらっしゃるのをお見受けいたしますのも畏れ多いことなので、一体誰がこんな秘密を帝にお漏らししたのかと、不審にお思いになります。 王命婦は御匣殿みくしげどの
の別当がよそへ転出したあとに移って、お部屋をいtだいてお仕えしています。 源氏の君は王命婦にお会いになって、 「故藤壺の宮はあの秘密を、もしも何かの折に帝にほんの少しでもお漏らしになられたことがあっただろうか」 とお尋ねになりましたけれど、王命婦は、 「まったく、そのようなことはございません。尼宮様は帝がほんの少しでもこの事をお聞きになりましたなら一大事だとお思いでした。しかしまたその一方では、帝に真実を申し上げなくては、子としての道に外れ、仏罰を被こうむ
ることになりはしないかと、やはり帝のためにお案じあそばして、お悲しみでございました」 と申し上げます、源氏の君はそれをお聞きになっても、並々ならず御思慮の深くいらっしゃった亡き藤壺の宮の御様子などが思い出されて、限りなく恋しくお慕いになります。 |